「敷居が高い」から考える、バレエ教育の入口

「敷居が高い」から考える、バレエ教育の入口|バレエ安全指導者資格®
バレエ安全指導者資格®コラム

「敷居が高い」から考える、
バレエ教育の入口

「バレエは、少し敷居が高い」。そう感じる人がいます。では、その「敷居」とは、本当は何なのでしょうか。 言葉の歴史をたどりながら、専門性を大切にしつつ、必要な境界には理由と越え方を伝え、不必要な境界は見直す。そんなバレエ教育について考えます。

読了目安:約8分執筆:バレエ安全指導者資格®事務局

「バレエは敷居が高い」と言われることがあります。

なんとなく高級そう。経験がないと入りにくそう。身体が柔らかくなければいけない気がする。専門的な世界で、自分には関係がないように感じる。

長くバレエに関わっている人にとっては当たり前になっていることも、初めてその世界に触れる人から見ると、分からないことがたくさんあります。

今回は、この「敷居」という言葉そのものから、バレエ教育の入口について考えてみたいと思います。

バレエ安全指導者資格®では、安全を「怪我を防ぐこと」だけに限定していません。分からないことを尋ねられること、痛みや不安、違和感を伝えられること、教室のルールや判断基準が理解できることも、安全な教育環境を支える大切な要素だと考えています。
WHAT IS A THRESHOLD?

そもそも「敷居」とは何でしょうか

敷居とは、門や部屋の出入口の下側にある横木のことです。引き戸や障子、襖などが動くための溝がついたものもあります。

古くは、現在の敷居に当たるものを「しきみ」と呼び、「閾」という漢字が使われていました。辞書では、敷居はもともと門の内外を区切る位置に置かれた横木として説明されています。

つまり、建築物としての敷居は、単なる「邪魔な段差」ではありません。この記事では、その内と外を区切る位置にあるという性質に注目して考えてみます。

敷居は、
こちら側と、あちら側の境目にあります。

外から内へ。知らない世界から、知っている世界へ。その場所にまだ参加していない人から、その場所に参加する人へ。

「敷居をまたぐ」という言い方にも、ある領域の外側から内側へ入るという感覚を見ることができます。

ことばについて
古い「しきみ(閾)」の用例や、「しきみ」から「しきい(敷居)」への語の交替については、『精選版 日本国語大辞典』などで確認できます。また「閾」は現在も「閾値」という語に使われ、ある反応が起こる境目・限界を表す言葉として残っています。
THE MEANING OF “SHIKII GA TAKAI”

「敷居が高い」は、もともと「難しい」という意味ではなかった

現在は、「高級なお店で敷居が高い」「初心者には敷居が高い」といった使い方をよく目にします。

しかし、「敷居が高い」という慣用表現は、もともと、相手に不義理や面目のないことがあり、その人の家へ行きにくい、という意味で使われてきました。

つまり、最初から「値段が高い」「専門的で難しい」という意味だったわけではありません。

「入りにくい」から、意味が抽象化していく

日本語学では、本来の「不義理や面目のなさがあって行きにくい」という用法から、「高級・上品なので入りにくい」、さらに「難度や格が高く、とっつきにくい」という方向へ意味が広がったとする分析があります。

この変化をたどると、「なぜ入りにくいのか」という理由が変わりながら、「入りにくさ」という感覚がより抽象的な意味へ広がってきた、と考えることができます。

文化庁の2019年度「国語に関する世論調査」では、「敷居が高い」について、辞書等で本来の意味とされてきた「不義理などをしてしまい、その人の家に行きにくい」を選んだ人が29.0%、「高級すぎたり、上品すぎたりして入りにくい」を選んだ人が56.4%でした。

言葉は時代とともに変化します。現在の使い方を単純に「間違い」とするのではなく、ここでは、その言葉がどのように「入りにくさ」を表す言葉へ広がってきたのかに注目してみたいと思います。

なお、「敷居を下げる」「敷居が低い」といった表現も、このような比喩的な意味の広がりの中で使われるようになった表現です。

WHERE IS BALLET’S THRESHOLD?

バレエの「敷居」はどこにあるのでしょうか

バレエ教室には、バレエという芸術や身体技法そのものに関わることに加えて、教室や地域、年代によって異なるルールや慣習があります。

  • レッスンで求められる服装や髪型
  • 先生や周囲の人への挨拶
  • レッスン中の立ち方や待ち方
  • バーやスタジオの使い方
  • フランス語を中心とした独特の用語
  • 発表会やコンクールへの参加の仕組み
  • 教室ごとのルールや慣習

長くバレエに関わっている人にとって、それらは「知っていて当然」のことになっているかもしれません。

しかし、初めてバレエ教室の扉を開く子どもや保護者にとっては、すべてが初めてです。

初めての人には、分からないことがたくさんある

「何を着ればいいのでしょうか」

「身体が硬くても大丈夫ですか」

「何歳から始めればいいですか」

「発表会には必ず出るのでしょうか」

「先生には、どのように質問したらいいのでしょうか」

こうした疑問は、技術の問題ではありません。

その世界へどう入ればよいのか、入口が見えていないということです。

OPENNESS WITHOUT DILUTING QUALITY

敷居を下げることと、教育の質を下げることは違う

「バレエの敷居を下げる」という言葉には、ときどき注意が必要だと思います。

もしそれが、専門性をなくすこと、ルールをなくすこと、技術を簡単にすること、伝統を薄めることを意味するのであれば、それは少し違います。

バレエには、長い歴史があります。身体技法があります。音楽があります。作品があります。礼儀や文化があります。

専門性そのものをなくす必要はありません。

必要なのは、専門性をなくすことではなく、
その専門性へ入っていく道筋を分かるようにすること。

なぜ髪をまとめるのか。なぜこの服装なのか。なぜこの順番でレッスンするのか。なぜ先生の説明を聞く必要があるのか。

「昔からそうだから」で終わらせず、必要なものには理由を伝える。そして、その理由が現在の教育環境でも妥当なのかを考える。

一方で、理由を説明できない慣習や、特定の人にとって不必要な参加障壁になっている仕組みがあれば、見直すことも必要です。

そうすることで、ルールは「知らなければ叱られるもの」から、「理解したうえで安全に参加するためのもの」へ変わっていきます。

SAFETY AND SPEAKING UP

安全を支えるのは、「尋ねやすさ・伝えやすさ」でもある

私たちは、バレエの安全というと、まず怪我の予防を思い浮かべることがあります。

もちろん、それはとても大切です。

一方で、安全な教育環境をつくるためには、身体の知識だけでなく、分からないことや痛み、不安、違和感を伝えられる環境も必要です。

  • 分からないことを聞けること
  • 痛いと言えること
  • 嫌だと言えること
  • 困ったときに相談できること
  • 教室のルールや判断基準が分かること
  • 自分が何を求められているのか理解できること

こうした「尋ねやすさ・伝えやすさ」も、安全な教育環境を支える要素の一つです。

「分からないけれど、聞けない」
という状態も、教育の中では一つのリスクです。

例えば、痛みがあるのに「これくらい我慢するものだ」と思ってしまう。先生の指示が分からないのに、質問すると怒られそうで聞けない。接触されることに違和感があっても、それが普通なのか判断できない。

知識やルールが「内側にいる人だけが分かっているもの」になっていると、初めての人ほど声を上げにくくなります。

だからこそ、指導者が専門知識を持つことと同時に、その知識や文化を、相手が理解して参加できる形で伝えることも大切です。

REVIEWING THE THRESHOLD

必要な敷居と、不必要な敷居を見分ける

大切なのは、「敷居を守るか、なくすか」の二択ではないのだと思います。

安全や学びのために必要なルール、文化を理解するために必要な約束事には、その理由と参加の仕方を伝える。一方で、理由を説明できない慣習や、特定の人を不必要に遠ざけている仕組みについては、見直す。

何が必要なのか分からない。失敗したら怒られそう。質問してはいけない気がする。自分だけ知らないことが恥ずかしい。

そうした状態が残っているなら、本当に必要な境界なのか、伝え方に問題がないかを考える余地があります。

指導者ができること

  • 初めて来る人に、教室の流れを説明する
  • ルールだけでなく、その理由も伝える
  • 分からないことを質問できる雰囲気をつくる
  • 「知らないこと」を恥ずかしいことにしない
  • 教室が何を大切にしているのかを言葉にする
  • 痛みや不安があるときの相談方法を明確にする

身体についても同じです。

「もっと開いて」「もっと伸ばして」「もっと頑張って」だけではなく、なぜその動きをするのか。身体にはどのような個人差があるのか。どこまで行うのが安全なのか。痛みが出たときにはどうしたらよいのか。

それを伝えることも、バレエの入口をつくることにつながります。

必要な境界には、理由と越え方を。
不必要な境界には、見直しを。

この視点を持つと、「敷居を下げる」という言葉の見え方も少し変わります。

価値や専門性を低くするのではなく、その価値へたどり着く道を見えるようにする。そして、そこにあるルールや慣習が今も本当に必要なのかを問い直す。

その両方が、開かれた教育をつくるために必要なのではないでしょうか。

KEEPING BALLET OPEN

バレエの世界を閉じないために

バレエには、長い時間をかけて受け継がれてきた素晴らしい文化があります。

しかし、その価値がどれほど大きくても、外側にいる人から入口が見えなければ、そこへ入ることはできません。

すべての敷居をなくすのでも、
すべてを守るのでもない。
必要な境界には理由と越え方を伝え、不必要な境界は見直していく。

そして、参加したあとも、分からないこと、痛み、不安、違和感を言葉にしながら安心して学び続けられる環境をつくる。

専門性と開かれた教育は、反対のものではありません。

むしろ、専門性があるからこそ、それを初めての人にも分かるように伝え、必要なルールと慣習を問い直し続ける責任があります。

バレエ安全指導者資格®では、身体についての知識だけではなく、子どもの発達、心理、栄養、医療、指導環境など、さまざまな視点から安全なバレエ教育について考えています。

安全で、豊かで、次の世代へつながるバレエ教育をつくるために。

バレエの世界の内側にいる私たち自身が、その「入口」について考えることも、大切な学びの一つだと考えています。

安全で、豊かで、次の世代へつながるバレエ教育について、これからも考え続けていきます。

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身体・心・教育の視点から、バレエ指導を学ぶ

バレエ安全指導者資格®では、解剖学、整形外科学、生体力学、栄養学、心理学、指導法、バレエ史などを横断して学びます。知識を増やすだけではなく、目の前の生徒へどのように届けるかまで考えることを大切にしています。

バレエ安全指導者資格
運営:Safe Dance Association(セーフダンスアソシエーション)
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