その耳は、どこから来たのか – いつかヒュッと顔を出す「何か」 –
バレエ安全指導者資格®︎コラムVol.43
早速なんですが一つ告白いたします。
じつは前回までの中で「ピアノを始めたのは小学校3年生」と書いてきましたが、ちょっとだけ嘘がありまして…。
というのも実は、小学校に上がる前の5~6歳の頃に、ほんの短い間…1ヶ月半くらいだけ、ピアノを習っていた時期があったんですよね。
でっっっかい五線譜に、十円玉くらいの大きさの音符が書いてある楽譜で「ここがドだよー」とやるような、もう本当にはじめの一歩。
担当が女性の先生で、僕はもう幼心ながらに照れちゃってかっこつけて、終始、ピアノの背もたれに後ろ手に腕を引っ掛けたまま座っていて、それを帰りに母に注意されたのを覚えています。
またピアノについては「こんなの簡単じゃん!」と思っていた記憶もうっすら。
こちらも引越しが理由で短い期間で終わってしまったのもあり、そもそも家にピアノなんて無かったので、弾いてたのはレッスンの時だけ。
なので自分の中ではずっと「習った」うちに入っていなかったんですが、しっかりと思い起こすと、そんなこともありました。
その上で。
この話と繋げて考えてみたいのは…、そこから数年ほど飛んで、小学校低学年のころの記憶です。
お家にちっちゃいおもちゃのピアノがありました。それをある日何の気なしに、自分が知っている曲のメロディを、耳で指で探しながらポロポロ弾いたんですよね。
そしたらそれを聴いた母が、すごい!弾けるのー?!と驚いたんです。でも僕は「何がそんなにすごいの?これくらい、できるでしょ?」と感じていたんです。
親からの目線で言うと、たぶんこういうことがあって「ちゃんとピアノを習わせよう」に繋がったんだと思うのですが、よくよく考えてみると、確かにちょっと不思議なのです。
全くの未経験ではないとしても、教わったのはドレミファソ、の位置くらい。
それにも関わらず、知っているメロディを耳で探して楽器で再現できる耳が既にもうあって、
それでいて本人は「これのなにがすごいの?」と感じていた。
…先に申し上げたように、僕自身は英才教育を受けたわけでも、音楽に囲まれて育ったということでもない。
両親も音楽に特別詳しくはなくて、いわゆる普通の人。朝はバッハで目覚めてモーツァルトで朝食を取りつつ、食後はエルガーで紅茶、なんてこともない。
では果たして、その耳は、いつ、どのように培われていたのか?…と考えてみたのですが、 実は正直、僕も分からないのです。
思い当たることといえば、歌は好きだったかもなとか、リコーダー好きでたまに吹いてたかもなとか、その程度。
どれも決して特別なことではないでしょう。きっと当時の多くの子どもと、そう変わらない環境だったはずです。
それなのに、いつのまにか、メロディを耳で探せる耳が育っていて、しかも本人は、それを「たいしたことない」と思っていた。
一体何が、どこで、どう作用してそうなったのか。頑張って振り返ってみても、はっきりとは分からない。
でも、いつからかこう思うようになりました。
分からなくていいのかもしれない、もっと言えば、分かるわけがない、と。
取り巻く環境の中にある様々なものから色んな刺激や影響を受ける。その上で、子どもの中で何が育つのか、そしてどの瞬間の何が後で芽吹くのか。
それらはたぶん、我々大人がコントロールできるようなものではないし、前もって予測できるものでもない。
ただ、いろいろなものに触れて、感じて、面白がれる時間さえあれば、その子の中で、その子なりの「何か」が、勝手に育っていくんですよね。
そしてその「何か」が、いつ、どこで顔を出すのかも分からない。ひょっとしたら何十年も経ってから、ふと顔を出すのかもしれない。
そう考えると、これは子どもたちへの教育という話でありながら、結局は僕たち大人にも同じことが言えるのかもしれません。何歳になっても、気づかずに勝手に育っていた「何か」が、自分の中からヒュッと顔を出すことがあったり…。
そう思うと、なんだか少し楽しみです。
――さて。
「いつから、なにを始めればいいか」。
この問いに、僕はやっぱり、明確な答えを持っていません。
ただひとつだけ、はっきり言えそうなことがあるとするならば…。
子どもの中で何が育つかをコントロールすることはできないけれど、いろいろなものに触れて、感じて、面白がれる機会を、用意してあげることはできる。
何が芽吹くか、そしてそれがいつ顔を出すかは、分かりません。
でも、たくさんの「種」に出会える時間があれば、その子の中で、その子なりの何かが、きっと自然と育っていく。
だとすると、大人にできるのは、その出会いの場を、できるだけ豊かに、ととのえてあげることくらいなのかもしれません。
では、その「出会いの場」を、どうやってととのえるといいのか。
リトミックという営みが、なぜそこで力を持つのか。
そのあたりのことは、また次回、書いてみたいと思います。
リトミック・ネクスト監修
作曲家:東俊介
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