坂口忍先生|指導者の「想い」をシェアするコラム

バレエをもっと豊かに踊るために|坂口忍先生
バレエ安全指導者資格®︎コラム

バレエをもっと豊かに踊るために坂口 忍先生|東京都国分寺市/忍バレエスクール国分寺 主宰・教師

カナダで専門教育を受け、アイルランドでプリンシパルを務め、ノルウェー国立バレエ、スウェーデン王立バレエなど海外で約12年間踊った坂口忍先生。目指しているのは、ただ振付をこなすことではなく、身体が整い、きれいに動けたときに生まれる「踊る楽しさ」を生徒と共有すること。そして、その先にある音楽、美術、歴史、身体、表現の世界まで含めて、バレエを一生探求できるものとして伝えていく。その教育観をたどります。

読了目安:約12分執筆:バレエ安全指導者資格®︎事務局

帰国後は、当初ヨガの道へ進むことも考えていました。しかし、バレエを教え始めるうちに指導が本業となり、2014年に「忍バレエスクール国分寺」を開校。現在は、趣味で楽しむ大人から、コンクールや留学を目指す子どもまで、幅広い生徒と向き合っています。

「みんなで上手に踊りたい。そして、上手に、きれいに踊れたときに身体の中から生まれる楽しさを共有したい。」

ここでいう「上手になる」は、順位を上げることだけではありません。床を押せる。身体が伸びる。大きく動いても苦しくない。音楽と身体が噛み合う。そうした身体の感覚が整ったとき、踊ることそのものが気持ちよくなる。その場所へ生徒を連れていくために、何を先に育て、何を待ち、どう伝えればよいのか。坂口先生の学びは、すべてこの問いへつながっています。

このシリーズでは、バレエ安全指導者資格®︎で学ばれた先生方が、何を大切にし、どのように指導を更新しているのかをご紹介しています。今回は、忍バレエスクール国分寺を主宰する坂口忍先生。海外での経験、ワガノワメソッドの学び、安全指導、そして日々の試行錯誤が、どのように「身体の内側から踊る楽しさを伝える」という指導哲学へつながっているのかをたどります。
PROFILE & INTERNATIONAL CAREER

坂口忍先生プロフィール

坂口忍先生は、東京都国分寺市で「忍バレエスクール国分寺」を主宰されています。3歳頃の子どもから70歳代の大人まで、趣味として楽しみたい方から、コンクールや留学、プロを目指す生徒まで幅広く指導されています。

現在の指導の背景にあるのは、約12年にわたる海外での舞台経験です。福岡でバレエを始め、カナダで専門教育を受け、英国、アイルランド、ノルウェー、スウェーデンへと活動の場を広げてきました。クラシックだけでなく、ネオクラシック、コンテンポラリーまで幅広い作品に出演してきたことが、現在の「一つの価値観だけでバレエを捉えない」という姿勢につながっています。

お名前
坂口 忍
活動地域
東京都国分寺市
主宰教室
忍バレエスクール国分寺
立場
主宰・教師
バレエ開始
福岡で3歳から
国内での学び
古森美智子バレエ団研究所
海外教育
カナダ・ナショナル・バレエ・スクール
海外活動
英国・アイルランド・ノルウェー・スウェーデン
主な立場
National Ballet of Ireland プリンシパル
海外舞台歴
約12年間
ジャンル
クラシック/ネオクラシック/コンテンポラリー
現在
バレエ安全指導者資格®︎ 講師

福岡で3歳からバレエを始め、カナダへ

坂口先生は福岡で3歳からバレエを始め、古森美智子バレエ団研究所で学ばれました。神戸洋舞コンクール、北九州アジア全国洋舞コンクールなどで入賞。その後、ローザンヌ国際バレエコンクールへの出場をきっかけに、カナダ・ナショナル・バレエ・スクールへ留学し、スカラシップを受けています。

卒業公演では、『ラ・バヤデール』のニキヤ、ジョン・ノイマイヤー振付『Yondering』の「Beautiful Dreamer」などで主役を踊られたそうです。早い段階からクラシックだけではなく、異なる振付家の身体性や音楽性に触れていたことは、現在の坂口先生の指導者としての姿に現れています。

英国からアイルランドへ。プリンシパルとして古典作品を踊る

カナダでの教育を終えた後はロンドンを拠点に活動し、1998年にEuropean Ballet、1999年にNational Ballet of Irelandへ入団。2001年にはプリンシパルへ昇格し、『白鳥の湖』『くるみ割人形』『眠れる森の美女』など、主要な古典作品で主役を務められました。

2002〜2005年 ノルウェー国立バレエ

2002年から2005年までは、ノルウェー国立バレエで活動。グレン・テトリー振付『春の祭典』の主役をはじめ、ジョージ・バランシン、ナチョ・デュアト、ベン・スティーブンソン、マッツ・エック、ピーター・マーティンス、イリ・キリアンなど、幅広い振付家の作品を踊られました。

2005〜2008年 スウェーデン王立バレエ

2005年から2008年まではスウェーデン王立バレエに在籍。ケネス・マクミラン、フレデリック・アシュトン、ナタリア・マカロワといったクラシック系の系譜から、ジャン=クリストフ・マイヨー、ジョン・ノイマイヤー、クリスチャン・スプック、マウロ・ビゴンゼッティなど、ネオクラシック/コンテンポラリーまで幅広い作品をご経験されています。

クラシック一本ではない海外経験

坂口先生の海外歴で特徴的なのは、所属したカンパニーの数だけではありません。バランシン、キリアン、デュアト、エック、ノイマイヤー、マイヨー、スプックなど、異なる時代・国・美学を持つ振付家の作品を横断していることです。

クラシックの様式を深く経験しながら、ネオクラシックやコンテンポラリーの身体にも触れる。国が変われば、教師の言葉も、身体の使い方も、音楽の捉え方も、作品の価値観も変わる。その実体験が、現在担当されている「世界のバレエメソッドと価値観」という講義へ、そのままつながっています。

そして現在は、その海外経験を「経歴」として示すだけではなく、目の前の生徒にどう伝えるか、どの段階まで戻れば理解できるか、どの方法なら身体の内側から踊る楽しさへつながるかという、指導の問題へ変換されています。

THE FIRST REASON TO RETURN

最初の発表会に出られなかった3歳の子が、バレエを続けた理由

坂口先生がバレエを始めたのは3歳。近所の人に誘われ、体験レッスンへ行ったのがきっかけでした。

その日の本人は、柱にしがみついたり、走り回ったり。先生の言うことを聞いてきれいに並ぶような子どもではなく、最初の発表会には一人だけ出してもらえなかったそうです。

ところが体験レッスンの後、母親は継続させるつもりがなかったにもかかわらず、本人は周囲に「バレエに行く」と話し、毎日のように「次はいつバレエに行くの?」と聞いていました。

最初に好きだったのは、「上手になること」ではなかった

6歳頃のバレエノートには、「誰とお話しした」「誰と友達になった」といった記録が残っています。友達に会い、同じ場所でわいわい過ごすことも、バレエへ通う大きな楽しみでした。

後に海外で長く踊る人の原点が、最初から「プロになること」だったわけではありません。

楽しい。人に会いたい。また行きたい。この原体験は、結果だけでは測れないバレエの価値や、子どもが「今日」を楽しむことを大切にする現在の指導にもつながっています。

THE WORLD IS NOT ONE METHOD

海外12年が教えた「常識は一つではない」

カナダで教育を受け、英国、アイルランド、ノルウェー、スウェーデンと環境を変えながら踊ってきた坂口先生。そこで積み重ねたのは、単に多くの作品を踊った経験だけではありませんでした。

国が変われば、教師の伝え方も、身体の使い方も、作品の好みも、ダンサーの個性の捉え方も変わります。多国籍のダンサーが集まる現場では、日本で「当たり前」だと思っていたことが、別の場所では当たり前ではありません。

世界にはいろいろなダンススタイルがあり、常識もさまざま。
ひとつの正解だけでは測れない。坂口忍先生のインタビューより

もちろん、クラシックバレエには技術的な原則があります。しかし、同じ原則へ到達する過程は一人ひとり違います。身体の比率、筋力、柔軟性、理解しやすい感覚、育ってきた文化も違うからです。

この海外経験は、指導現場で生徒を早く一つの「正しい形」へそろえるのではなく、その人の身体と目的に合う入口を探すという教育観へ変換されていきました。

坂口先生は、ダンサーの成長を短距離走として扱いません。焦らず経験を積み、自分にしかない表現や「宝」を見つけてほしい。その長期的な視点は、後に学ぶメソッドや安全指導とも一本につながっていきます。

REDISCOVERING WHY WE DANCE

帰国後、大人バレエから取り戻した「踊ることそのもの」の楽しさ

海外から日本へ戻った坂口先生が驚いたのは、大人になってからバレエを学び、生活の中で真剣に楽しむ人の多さでした。

プロの世界では、踊ることは仕事であり、配役や評価、完成度と切り離しにくいものです。一方、大人の生徒たちは、仕事を終え、ときには夜勤明けにスタジオへ来て、音楽の中で身体を動かす時間そのものを大切にしていました。

「レッスンの日があるから仕事を頑張れる」

救急医療の現場で働く生徒が、夜勤明けのレッスンを「リセットの時間」と呼んでいたことも強く印象に残っています。バレエは舞台に立つためだけではなく、日常から少し離れ、自分の身体へ戻る時間にもなり得ます。

教える側である坂口先生自身が、大人の生徒の姿に癒やされ、踊る喜びを取り戻していきました。

こうした生徒からプライベートレッスンを希望する声が増え、個別に学べる空間として教室が始まり、2014年に「忍バレエスクール国分寺」を開校します。

順位や配役がなくても、昨日より少し動けた、音楽に乗れた、美しいものを味わえたという経験は成立する。現在、幅広い世代を受け入れる教室の背景には、この発見があります。

TEACHING IS MAKING LEARNING HAPPEN

「教えた」ではなく、生徒の身体に変化が起きたか

帰国後、坂口先生は当初、ヨガの道へ進むことも考えていました。資格を学びながらバレエを教えているうちに、指導が少しずつ本業になっていきます。

そこで直面したのが、「踊れること」と「教えられること」は別だという事実でした。自分が踊るなら、自分の集中や練習量を変えられます。しかし、生徒の身体を教師が直接動かすことはできません。

教師の仕事は、言葉を渡すことではなく、
生徒が分かり、身体で使えるところまで届けること。

坂口先生は、指導で最も大切にしていることの一つとして、教師と生徒が「本当に同じことを理解しているか」を挙げています。自分はこう言ったつもりでも、生徒は違う感覚で受け取っているかもしれない。そのずれをそのままにしない。

だから、うまく伝わらないときには、言葉を変える、見本を見せる、触覚で確かめる、道具を使う、課題を小さくする。教師側が方法を変えながら、生徒の身体に学習が起きる条件を探します。

「分かってほしい。なぜなら、バレエを教えることが仕事だから」。シンプルですが、この言葉に坂口先生の指導者としての責任感が表れています。

A TURNING POINT IN TEACHING

「自分が悩んでいた答えがここにある」。指導者としての転機

坂口先生にとって、指導者として大きな転機になったのが、アーキタンツで中谷先生の指導を見た経験でした。

当時、基礎筋力が十分でない生徒にバーレッスンをどう機能させるのか、感覚的な言葉をどう共有するのか、プレバレエから基礎へどう段階をつくるのか。ダンサーとして受けてきたトレーニングを、そのまま全員に当てはめても解決しない問いを抱えていました。

そこで見たのは、難しい振付を与えるのではなく、簡単な動きをゆっくり行いながら、その中にある課題を細かく見ていく指導でした。身体の使い方を分け、触覚や道具も使い、「なぜできないのか」を一緒に探していく。

簡単なことの中に、たくさんの課題がある

坂口先生が後にワガノワメソッドを学んだときにも、同じ感覚を見つけます。ステップそのものは地味でも、足裏、体幹、方向、重心、上半身など、クリアすべきことがいくつもある。それが一つずつ噛み合ったときの「はまる感覚」が、学ぶ面白さになる。

複雑にする前に、簡単な動きの質を深くする。この考えは、現在の坂口先生のレッスンを支える大きな軸になっています。

FOUNDATION BEFORE COMPLEXITY

完成形から逆算する。ワガノワメソッドから学んだ「段階」の考え方

指導者として学びを深める中で、坂口先生はワガノワメソッドの教師資格を学び始め、3年間かけて体系を身につけました。

最初は、低学年の課題を「とても地味」と感じたそうです。しかし学んでいくと、一つの簡単なステップの中にも、姿勢、足裏、体幹、方向、コーディネーションなど、考えるべきことが数多くあることに気づきます。

難しいことを早くやるのではなく、
簡単なことの中で、必要な条件を一つずつそろえる。

バーに立つ前にも、育てるものがある

坂口先生が特に大切だと感じたのは、バーを始める前の身体づくりです。床で筋力や柔軟性、体幹、身体の方向を育て、立って行うバレエの動きに必要な土台をつくる。できなければ、前の段階へ戻る。

坂口先生は、日本の一般的な教室では「バーに立つところからバレエが始まる」と捉えられることが多いと感じています。一方で、その前に身体を準備する時間が必要だと考えています。特に成長期の子どもでは、バレエの形だけを繰り返すのではなく、体力、筋力、バランス、コーディネーションを育てることが、その後の技術を支えます。

ゴールから逆算し、できなければ一段戻る

もう一つ大きな学びだったのが、カリキュラムの「逆算」です。最終的にどのような技術へ到達したいのか。そのために数年前には何が必要か。さらにその前には何が必要か。完成形から段階を戻しながら課題を設計します。

生徒がある技術でつまずいたときにも、完成形を何度も繰り返させるのではなく、一つ前の段階へ戻って、足りない条件を育て直す。坂口先生にとって、これが「メソッドを学ぶ」ことの実践的な価値になりました。

安全とは、禁止事項を増やすことではありません。何を、どの順番で育てるかを考えること。技術を成立させるための教育設計そのものでもあります。

FROM EXPLANATION TO SHARED SENSATION

大切なのは「言ったか」ではなく、同じ感覚を共有できたか

坂口先生が「どうしても伝えたいこと」として挙げているのが、話や身体感覚が、教師と生徒の間で本当に同じものとして共有できているかということです。

「引き上げて」「床を押して」「背中を使って」。教師には明確な感覚があっても、生徒が同じ感覚を持っているとは限りません。「私はこう言ったつもり」と「生徒がこう受け取った」の間には、いつでもずれが起こり得ます。

  • 見せる:教師の身体やプロの映像を見て、動きの全体像をつかむ
  • 触れて確かめる:教師の身体に触れてもらったり、必要に応じて生徒の身体の状態を確認したりする
  • 道具を使う:バンド、床、椅子、バーなどを使い、力の方向を感じやすくする
  • 言葉を変える:同じ指示を繰り返すのではなく、生徒が理解できる表現へ翻訳する
  • 本人に聞く:「今、何を感じた?」と問い、教師の想定と一致しているか確認する
感覚は、教師の中にあるだけでは指導にならない。
生徒の身体の中に届いて、初めて共有される。

坂口先生の指導が細かく見えるのは、情報を増やしたいからではありません。教師の中にある感覚を、生徒自身が使える感覚へ変換したいから。その確認を省かないことが、坂口先生にとっての「教える」という仕事です。

BREAK DOWN THE “CAN’T”

「できない」を才能の問題にしない。一段戻れば、次に進める

生徒ができないとき、坂口先生は完成形を繰り返させる前に、どこで止まっているのかを見ます。身体能力なのか、情報量なのか、方向が分からないのか、恐怖があるのか。それとも、そもそも一つ前の段階がまだ十分ではないのか。

  • 身体能力:必要な筋力、可動性、バランス、体幹があるか
  • 前提技能:その技術の一つ前にある課題をクリアしているか
  • 情報量:腕、脚、方向、音楽を同時に処理しすぎていないか
  • 感覚:指示語と身体の感覚がつながっているか
  • 恐怖:転倒や失敗への怖さが動きを止めていないか
  • 自己評価:失敗を「自分はできない人」という人格評価に変えていないか

ワガノワメソッドで学んだ「できなければ一段前へ戻る」という考え方は、現在の指導にも強く生きています。

難度を落とすことと、要求を下げることは違う

課題を簡単にするのは、甘くするためではありません。複雑な動きの中で見えなくなっている問題を、一度見える大きさに戻すためです。必要な条件が整えば、また次の段階へ進めます。

上達を急ぐほど、戻れる場所を持っていることが大切。坂口先生の指導では、前に進むことと、必要なときに戻ることが一つの学習の中にあります。

LEARNING HOW TO LEARN

教師に直してもらう人から、自分で気づき、修正できる人へ

バレエの難しさの一つは、踊っている最中の自分の姿を、自分では直接見ることができないことです。つま先が伸びているつもりでも、動画を見ると違っている。教師が何度も伝えていたことに、自分の映像を見た瞬間に気づくことがあります。

坂口先生は、動画を見せてすぐに答えを教えるのではなく、まず「何か気づくことはある?」と本人に問いかけます。そこで教師が見てほしい点にまだ気づいていなければ、「その視点をまだ持っていない」と分かる。視点そのものを渡したあと、生徒自身が「あ、ここができていない」と気づくことで、動きが大きく変わることもあるそうです。

注意を受け取るだけでなく、
自分で自分を観察できるようになる。

練習量を増やす前に、「どこが分かっていないか」を特定する

順番を覚えるときも、ただ最初から最後まで何度も繰り返すのではありません。たとえばA・B・C・D・Eという流れの中で、BからCへのつなぎだけが曖昧なら、そこだけを取り出して練習し、その後に前後をつなぎ直す。

自分がどこで分からなくなっているのかを特定する。これは教師だけに必要な力ではなく、生徒自身にも身につけてほしい力だと坂口先生は考えています。

ノートは「書くこと」ではなく、次の行動に使えて初めて意味がある

レッスンノートについても、書いて終わりにはしません。次のレッスンで「前回は何に気をつけると書いた?」と問い、思い出せるかを確認します。自分自身の練習では、注意点を書いた紙を隠し、一つずつ頭の中から取り出し、踊りをイメージし、音楽の中でも注意点を思い出せるかを確認してきたといいます。

特に大切にしているのが、すぐ答えを見る前に「あれは何だったかな」と思い出す時間です。身体を動かす前に、何を直すのかが頭の中にあり、動きのイメージが具体的に描けているか。その準備があって初めて、反復練習が意味を持ちます。

バレエを通して学んでいるのは、技術だけではありません。
自分を客観視する。課題を特定する。思い出す。イメージする。試す。修正する。この学び方そのものは、勉強や仕事など、バレエ以外の場面にもつながっていきます。
THE JOY INSIDE THE BODY

「楽しい」は、振付の面白さだけではない。身体の中から生まれる踊る喜び

坂口先生が一番共有したいものは何か。インタビューの中で出てきた答えは、とてもシンプルでした。

みんなで上手に踊りたい。
上手に、きれいに踊れたときの「楽しい」を伝えたい。

ここでいう楽しさは、手足をたくさん動かして気分転換できた、難しい振付を覚えられた、ということだけではありません。

身体が引き上がる。床を押せる。脚が伸びる。必要な筋力で身体を支えられる。すると、動きは小さく縮こまるのではなく、大きく広がっていきます。身体の仕組みが整うことで、「こう動くと気持ちいい」という感覚が生まれる。坂口先生は、その世界を生徒にも知ってほしいと考えています。

表現の前に、身体を「チューニング」する

表現についても、最初から雰囲気や表情だけをつけるのではありません。身体の仕組みを理解し、床との関係、軸、伸び、呼吸、音楽との関係が整ってから、その身体の内側から表現が立ち上がる。

坂口先生はこれを、身体の「チューニング」のように捉えています。楽器が整っていなければ、音色を豊かにすることが難しいように、踊る身体にも、表現が生まれるための準備がある。

基礎は、自由を奪うものではない

プリエやタンデュ、床を押す感覚、体幹を保つこと。一見地味な課題は、表現を狭めるためではありません。その先で、より大きく、より自由に、より気持ちよく踊るための身体をつくっています。

坂口先生にとって「上達」と「楽しさ」は対立していません。上達するからこそ初めて味わえる楽しさがある。だからこそ、簡単な課題を流さず、時間をかけて身体の中へ落とし込んでいきます。

TECHNIQUE IS NOT HUMAN WORTH

上手になりたい。でも、バレエの上手さと人の価値は別物

坂口先生は「みんなで上手に踊りたい」とはっきり語ります。だからこそ、技術的な課題を曖昧にせず、必要なことは具体的に伝えます。

同時に、指導の中で繰り返し伝えているのが、踊りへの注意と、その人自身への評価を切り分けることです。注意を受けたときに「私ってダメなんだ」と落ち込む生徒には、「いま言われたのは踊りについての注意であって、あなた自身を否定しているわけではない」と丁寧に伝えます。

ステップが良くないことと、
あなたがダメなことは違う。

「今の軸がずれている」「この筋力がまだ足りない」「一段前へ戻ろう」。これらは、次の行動につながる情報です。人格を否定する言葉ではありません。

坂口先生自身、現役時代には、踊りの出来と自分自身の価値が近づきすぎた時期があったと振り返ります。だからこそ、技術を厳密に見ることと、人として大切に思うことは同時に成立すると伝えています。

本気で上達を目指すからこそ、技術だけを具体的に見直せるようにする。注意を人格評価にしないことは、厳しさを弱めることではなく、学習を続けるための土台です。

WHEN THE GOAL AND THE STAGE DO NOT MATCH

コンクールや留学を目指すとき。「今の段階」と「求められる完成形」の間をどう埋めるか

日本の教室では、趣味として続ける生徒と、コンクールや留学を目指す生徒が同じ場で学ぶことがあります。目標が変われば、必要な練習量や技術の水準も変わります。

坂口先生が難しさを感じているのは、現在の基礎段階と、コンクールなどで求められるヴァリエーションの難度が一致しない場合です。普段のクラスでは基礎を育てている途中でも、本番では数段先の複雑な技術を含む振付に取り組まなければならないことがあります。

目標を否定するのではなく、
その目標までに何が足りないのかを見えるようにする。

このとき重要なのは、難しい振付を繰り返すだけで「上達」としないことです。本番の練習と並行して、床、筋力、体幹、基本動作などへ戻り、足りない条件を補う必要があります。

また、すべての生徒が同じ目標を持つ必要もありません。専門を目指す人には、その先の世界を知る教師として必要な水準を伝える。一方、趣味として続ける人には、その人がバレエを長く楽しめる形を探す。

目標の違いを曖昧にせず、それぞれのゴールに合わせて「何を、どの深さまで学ぶのか」を設計する。そこにも、坂口先生の段階的な指導観が表れています。

FAIR DOES NOT MEAN IDENTICAL

同じ教室でも、目標は違う。だから指導の深さも変えていい

3歳から70歳代まで、趣味の人から専門を目指す人までが学ぶ教室では、同じ言葉、同じ難度、同じゴールを全員へ当てはめることはできません。

  • 幼児:遊びや多様な動きの中で、身体を動かす土台と好奇心を育てる
  • 小学生:簡単な課題の中で、姿勢、足裏、体幹、方向を少しずつ理解する
  • 中高生・専門志向:将来の目標から逆算し、必要な基礎、練習量、休息を具体的に考える
  • 大人:今の身体条件から始め、無理なく身体が整う感覚と踊る喜びを深める

坂口先生自身、細かいところを流さずに見るクラスは「厳しい」と受け取られることがあると話します。一方で、テンポよく進み、たくさん動くことを楽しめるクラスにも別の役割があります。

一つの教え方だけが正しいのではなく、教室全体として何を提供するか。楽しさを入口にする時間、身体を細かく整える時間、本番へ向けて集中する時間。それぞれの役割を分けることで、幅広い生徒が同じ教室の中で学び続けられます。

STOP, LISTEN, CONNECT

痛みが出たとき、教師一人で抱え込まない。「相談できる教室」を日常からつくる

坂口先生の安全指導を象徴するものの一つが、痛みや違和感が出たときに、教師一人の経験だけで判断を完結させないことです。

バレエの現場では、ときに「少しくらいなら我慢する」「本番が近いから休めない」「先生に言ったら踊らせてもらえなくなるかもしれない」と、生徒自身が痛みを隠してしまうことがあります。しかし、痛みを隠したまま練習を続ければ、教師が異変に気づく機会そのものが失われます。

だから坂口先生が最初に行うのは、診断することではありません。まず話を聞くこと。そして、痛みがある動作はいったん止めること。どこが痛むのか、いつからなのか、どの動きで出るのか、直前に練習量が増えていなかったか。踊り方や負荷の中に考えられる要因がないかを確認しながら、「今ここで続けてよいのか」を慎重に考えます。

痛みを言えること。
止まれること。
そして、必要な人へつながれること。坂口忍先生のインタビューより

資格受講後、「相談先を持つこと」そのものが教室の安全体制になった

バレエ安全指導者資格®︎で学んだ後、坂口先生は、知識を自分の中だけに増やすのではなく、実際に相談できる医療・リハビリの窓口を教室の外につくってきました。

日頃から相談できるリハビリ施設や整形外科をある程度絞り、生徒に何かあったときには、必要に応じてそこへつなぐ。継続して同じ専門家に見てもらうことで、教師側も「いまどの段階なのか」「舞台までにどこまで戻せそうか」「いつポアントへ戻せるのか」といった復帰の見通しを共有しやすくなります。

以前は、それぞれが別々の場所へ行くことで、教師からは治療やリハビリの進み具合が見えにくいこともありました。相談先を持つことは、生徒を一つの医療機関へ固定するためではありません。怪我が起きた後から、レッスンへ戻るまでを途切れさせないための連携です。

これは単なる「病院紹介」ではありません。教師が一人で抱えない、生徒も一人で抱えない、保護者も迷ったままにしない。教室の外に相談できる専門家との接点があることで、教室の中の安全性も高まっていきます。

「痛い」と言えるかどうかは、痛くなった日の対応だけでは決まらない

そして坂口先生がもう一つ大切にしているのが、問題が起きる前から「相談できる関係」をつくっておくことです。

普段から、レッスン前後に何気ない会話をする。学校のこと、仕事のこと、その日の体調のこと。坂口先生自身が「どうでもいい雑談」と表現するような短いやり取りも、実は安全な教室をつくる土台になっています。

困ったときだけ突然「何でも相談して」と言われても、生徒は本当に言ってよいのか分かりません。痛いと言ったら怒られないか。レッスンを外されないか。先生からの評価が下がらないか。そうした不安があれば、小さな違和感ほど言葉にならなくなります。

だからこそ、普段から話を聞いてもらった経験、否定されなかった経験、小さな違和感を受け止めてもらった経験を積み重ねる。「伝えても大丈夫だった」という小さな経験の蓄積が、怪我や不安を早く伝えられる教室文化につながります。

相談できることと、自分の身体を自分で守ることは両立する

一方で、坂口先生は、生徒が教師へ依存することを目指しているわけではありません。繰り返し伝えているのは、「自分の身体は自分で守る」という意識です。

今日はいつもと違う。これは伸びている感覚なのか、それとも痛みなのか。続けられるのか、いったん止まった方がよいのか。分からなければ誰に相談するのか。自分の身体の変化に気づき、それを言葉にし、必要な助けを求められることも、バレエを長く続けていくための力です。

つまり、「相談できる教室」とは、先生がすべてを決めてくれる教室ではありません。生徒自身が自分の身体を観察し、異変を伝え、教師はそれを受け止め、必要なら専門家へつなぐ。その役割分担が機能する教室です。

安全は、マニュアルがあるだけでは成立しない。
日常の会話、止まれる空気、相談先、そしてその後の対応まで。
それらがつながって、初めて教室の文化になる。

坂口先生の実践を見ると、怪我への対応は「何かが起きた後の処置」だけではありません。痛みを言える関係を日常からつくること、止める判断を持つこと、教師の専門範囲を知ること、相談できる専門家とつながっておくこと、そして復帰まで段階的に見守ること。

この一連の仕組みこそが、坂口先生にとっての「身体を守る指導」なのだと思います。

LONG-TERM DEVELOPMENT

成長期は、早く難しいことをするより「踊れる身体」を育てる

坂口先生が身体の健康を強く意識するようになった背景には、ご自身の経験があります。長年バレエを続ける中で身体の調子を崩し、同じ動きや同じ筋群に負荷が偏ることについて考えるようになりました。

バレエが上達する身体である前に、人間としてさまざまな方向へ動ける身体であること。そのため、教室ではコンテンポラリーダンスの時間も活用し、脊柱を丸める、回旋する、身体の各部位を分けて動かすなど、クラシックバレエだけでは反復しにくい動きを取り入れています。

幼児期には、バレエの形より先に身体の基礎を

幼い時期には、遊ぶこと自体に大きな価値があります。同時に、遊びの中へ筋力、バランス、リズム、コーディネーション、多方向への動きをどう入れるか。坂口先生は、プレバレエを「バレエの振付を早く始める時間」ではなく、後にバレエを支える身体を育てる時間として捉えています。

身体を育てる順序

生活:食事、睡眠、休息、ストレス
基礎機能:体力、筋力、バランス、コーディネーション
身体操作:床を押す、体幹を保つ、方向を変える、分離して動く
バレエ技術:バー、センター、ヴァリエーション、高難度技術、表現

上のクラスへ進むことより、帰って寝ることを優先する日もある

特に成長期の生徒について、坂口先生が強く意識しているのが睡眠と栄養です。コンクールや留学を目指す生徒ほど練習量を増やしたくなりますが、遅い時間まで上のクラスを受けることが常に最善とは限りません。

上のクラスへ進みたい生徒に対しても、終了時刻が遅くなる場合には「今は下のクラスでいいから、帰って寝よう」と伝えることがあります。食事についても、体重を減らすことを先に置くのではなく、成長と運動に必要な栄養を確保することを保護者と共有しています。

身体が育つから、バレエも育つ。短期の完成形ではなく、数年後も踊れる身体から逆算する。それも坂口先生の「段階」の考え方です。

LEARNING CREATES A MAP

学びが増やしたのは、「正解」ではなく上達までの地図

坂口先生がバレエ安全指導者資格®︎を受講した背景には、中谷先生が「身体や動きをどう考えて指導しているのか、その考え方を知りたい」という関心がありました。カリキュラムを見たときには、医学、運動、栄養、心理など、バレエから少し離れて見える科目もあったといいます。

受講後に見えてきたのは、ダンサーを育てるには、一つのメソッドだけではなく、身体を多角的に見る必要があるということでした。エクササイズを作るにも、運動学や身体の仕組みが必要になる。成長期を考えるなら、栄養や睡眠も切り離せない。

知識を増やすためではなく、
自分で考え、選べるようになるために学ぶ。

経験的に良いと感じる方法を、運動学、重力、体幹、関節運動などから捉え直す。さらにワガノワメソッドでは、最終的な技術から逆算し、何年もかけて基礎を積み上げる体系を学ぶ。

これらがつながることで、坂口先生の中に「今、この生徒はどこにいて、次に何が必要なのか」を考える地図が増えていきました。

  • 難しい動きの前に、必要な筋力や身体操作を分ける
  • できなければ、一つ前の課題へ戻る
  • 言葉が伝わらなければ、触覚、道具、見本へ変える
  • 動画やノートを使い、生徒自身が課題へ気づけるようにする
  • バレエだけで不足する動きは、コンテンポラリーや基礎運動で補う
  • 痛みや不調があれば、負荷を調整し、必要なら専門家へつなぐ
  • 目標が違えば、必要な課題の深さや時間も変える

メソッドは、生徒を型にはめるためのものではありません。教師が「どこへ向かっているのか」「今どの段階なのか」「次に何を選ぶのか」を判断するための地図として使うことができます。

バレエ安全指導者資格®︎が目指す「知識ではなく判断力」は、坂口先生の実践では、見る、分ける、戻る、気づかせる、伝え直す、待つ、つなぐという具体的な行動になっています。

表面の形ではなく、動きを成立させる構造を見る

坂口先生が特に印象に残った学びとして挙げたのが、運動力学でした。箱を動かす、スピードを考えるといった、一見するとバレエから離れて見える題材を通して、「ジャンプとは何か」「床を押すとは何か」を、形ではなく構造から考えられるようになったといいます。

生徒の動きだけを見続けていると、「膝を伸ばして」「もっと高く」と、目の前の形への修正に狭まりやすくなります。そこで一度、バレエ以前の身体運動へ戻る。力はどこへ向かうのか。速度が変わると何が必要になるのか。どの感覚が不足しているのか。そう考えることで、同じ知識をさまざまな動きへ応用できるようになります。

形を命令するのではなく、身体が動きたくなる「目的」を置く

アラベスクでは、脚をただ上げるのではなく「遠くにあるスイッチを足先で押す」。腕なら「そこにあるものへ手を伸ばす」。頭の上にボタンがあると想像する。坂口先生は、身体の部位を直接操作する言葉だけでなく、身体の外側に目的を置くイメージも使います。

日常でコップを取るとき、私たちは「体幹を使おう」と考えてから手を伸ばすわけではありません。目的があるから身体が動く。形より先に、エネルギーの方向や行き先を設定する。その視点が、運動力学の学びともつながってきたと語っています。

STRICTNESS AS PRECISION

「厳しい先生」と言われても、流せないことがある

坂口先生のクラスは、ときに「厳しい」と受け取られることがあります。理由は、声が大きいからでも、罰を与えるからでもありません。身体の使い方や課題が十分に理解されていないとき、簡単には先へ進めないからです。

一つの動きを見れば、直したいことがいくつも見える。それを全部扱っていたらクラスが終わらない。だから優先順位を決め、必要なところは丁寧に見る。一方で、すべてを止め続けることもできない。その間で毎回判断しています。

厳しさは、圧力の強さではなく、
「ここは流さない」と決める観察の精度。

坂口先生自身、テンポよく進み、たくさん動くクラスを生徒が楽しんでいる姿も認めています。そうした時間にも役割がある。教室に複数の教師がいることで、細かく身体を見るクラスと、動くことを楽しむクラスのバランスが取れることもあります。

だから、坂口先生が目指すのは「全員を同じ厳しさで教えること」ではありません。本当に上手になりたい人には、上達に必要な課題を省略しない。その人の目的に応じて、必要な深さで向き合う。

優しいか、厳しいかではなく、何を目標にし、そのために何を今扱うのか。そこを曖昧にしないことが、坂口先生の指導者像です。

BALLET AS A GATEWAY TO THE WORLD

バレエを入口に、身体・音楽・美術・歴史へ世界を広げる

坂口先生が現在感じているバレエの面白さは、バレエの中だけでは完結していません。

床を押すことを考えれば、運動や物理へつながる。音の取り方を考えれば、音楽へつながる。衣装を見れば服飾や時代背景へ、作品をたどれば歴史へ、舞台で人が何を感じるのかを考えれば心理や表現へつながっていきます。

バレエはいろいろなものの入口になる。
そこから世界を広げていける。坂口忍先生の対話より

坂口先生は、指導者自身がバレエだけの中に閉じないことを大切にしています。異なる分野の専門家と話すことで、自分たちだけでは解けなかった問題に別の入口が見つかることがある。分からないことを抱え込まず、別の分野へ問いを持っていくことも、学び続ける指導者の姿勢です。

「オリジナル」と「正解」を、一度問い直してみる

美術作品には、一点の「本物」が残るものがあります。一方、舞踊は人から人へ受け渡され、身体も時代も変わるため、同じ作品でも踊られ方は変わっていきます。

坂口先生は、過去のダンサーの映像を見比べる中で、時代を追うほど「正しい踊り方」が狭くなっていないかという問いを持つようになりました。洗練されることと、自由が減ることは同じではありません。

だから、過去の踊りを「正解」としてコピーするだけでも、現在の流行だけへ合わせるのでもない。なぜこの作品が生まれたのか。振付家は何を見せようとしたのか。時代が変わった今、自分はどう受け取るのか。

豊かに学ぶとは、正解を一つ増やすことではなく、問いを増やすことでもあります。
「どちらが正しい?」だけではなく、「なぜ違う?」「私は何を感じる?」「自分ならどう踊る?」まで考えることで、バレエは技術課題から文化や表現を考える入口へ広がっていきます。

「良いものを見る」ことも、バレエを学ぶこと

坂口先生は、舞台を見ること、美術を見ること、音楽を聴くことも大切にされています。技術を説明されるだけでは届かないものが、本当に心を動かされる舞台や作品との出会いによって、一気に身体の中へ入ることがあるからです。

年齢を重ねることで、以前は分からなかったダンサーや作品の面白さが見えてくることもある。だから今すぐ一つの価値観へ決めなくていい。「今は何が好き?」「その先にはどんな世界がある?」と、次の興味の種を渡していく。それも坂口先生が考える教育の一部です。

FROM LEARNER TO FACULTY

「世界のバレエメソッドと価値観」を伝える講師として

坂口先生は現在、バレエ安全指導者資格®︎の講師として、「世界のバレエメソッドと価値観」という講義を担当してくださっています。

この講義の価値は、メソッド名を並べることではありません。世界で異なるスタイルを経験し、帰国後にはワガノワメソッドを体系的に学び、さらに日本の一般的な教室で幅広い生徒を教えてきた坂口先生だからこそ、「メソッドにはそれぞれ目的があり、教師は目の前の生徒に合わせて何を選ぶのか」というところまで語ることができます。

メソッドを比較する目的は、「どれが正しいか」を決めることではない

幼児期に何を大切にするのか。身体の土台をどの時期に育てるのか。どの年齢でどの技術へ進むのか。どんな身体性や表現を目標にするのか。教育体系が違えば、そこに置かれる優先順位も変わります。

大切なのは、その違いを知ったうえで、教師が自分の教室の目的を明確にすることです。

何を教えるかの前に、
「どこへ連れていきたいのか」を決める。

一つひとつのメソッドを増やすのではなく、その奥にある原理を見つけてつなぐ。海外で多様な作品を経験してきた坂口先生だからこそ、この比較には実感を伴った説得力があります。

たとえば、あるスタイルで必要になるスピードを「別の踊り」として片づけるのではなく、身体がより速い処理へ対応するには何が必要かという構造へ置き換える。そうすれば、特定の振付家へ対応するためだけの練習ではなく、さまざまなスタイルへ対応できる身体づくりとして考えられます。

坂口先生が得意としているのは、それぞれのメソッドを別々の知識として覚えることだけではありません。長く異なるスタイルの作品を踊ってきた経験と、帰国後の学びを重ねながら、「これは何が違うのか」「何は共通しているのか」をつなげて考えます。

違いを並べるだけではなく、メソッドに共通する構造を見る

ゴールが決まれば、必要な時間と課題を逆算できる

プロを目指すのか。趣味として長く楽しむのか。大人が身体を整えながら踊るのか。同じ「バレエ」でもゴールが違えば、必要な内容は変わります。

坂口先生がワガノワメソッドから強く学んだのは、ゴールから逆算して課題を段階化することでした。これは特定のメソッドだけの話ではなく、指導者がカリキュラムを考えるときの基本的な問いにもつながります。

目的は何か。その目的まで何年かけるのか。週何回必要なのか。今の生徒には何が足りないのか。こうした問いを持つことで、レッスンは「その日の振付を考える仕事」から、長期的に学習を設計する仕事へ変わります。

身体、医学、心理を学んだ最後に、もう一度「バレエとは何か」へ戻る

坂口先生の講義は、バレエ安全指導者資格®︎の学びの最後に、身体、医学、運動、心理、栄養、安全といった知識を、もう一度「自分はどんなバレエを伝えたいのか」という問いへ戻す役割を持っています。

安全のために技術を弱めるのでも、伝統のために身体を犠牲にするのでもない。目標を明確にし、その人の現在地から、必要な土台と課題を一段ずつ設計する。坂口先生の講義は、その考え方を世界のメソッドと自身の経験を通して伝える時間です。

A LIFETIME OF DISCOVERY

バレエは、一生探求できる「遊び道具」

坂口先生にとって、バレエは何でしょうか。

一生勉強しても足りない。
一生探求できる遊び道具みたいなもの。坂口忍先生

この言葉は、坂口先生の現在の指導をよく表しています。

踊ることだけではありません。踊りを見ること。音楽を聴くこと。絵を見て心が動くこと。身体の仕組みを知ること。歴史をたどること。自分とは違う表現に出会うこと。そして、自分の身体を使って美しいものを生み出そうとすること。

バレエは、そのすべてへ入っていくことのできる入口です。

坂口先生自身、バレエ団で踊っていた頃よりも、現在の方が「バレエが面白い」と感じているといいます。競争から少し距離を置き、昨日より少し動けるようになること、仕組みを知ること、知らなかった世界が広がること自体を楽しめるようになったからです。

コンクールや留学、舞台という目標があってもいい。ただ、その目標が終わったときに、バレエまで終わってしまう必要はありません。

目標のためにバレエをする。その先へ

上手になる。舞台に出る。留学する。プロになる。そうした目標は、学ぶ力になります。

けれど、その先には、「知ることが面白い」「美しいものに心が動く」「自分の身体で表現できることがうれしい」という、年齢を重ねても続いていく楽しさがあります。

だから坂口先生は、身体の土台を丁寧につくります。感覚が伝わったかを確認します。できなければ一段戻ります。痛みがあれば止まり、必要な人へつなぎます。そして、技術だけで終わらず、音楽、美術、歴史、異なるメソッドや表現へ視野を広げます。

それらはすべて、生徒を一つの「正解」へ近づけるためだけではありません。

自分の身体を知り、自分が何を美しいと思うのかを知り、バレエを通して世界を面白がれる人になるために。

教師自身も「なぜ自分はバレエを教えているのか」を忘れない。目標がすり替わりそうになったときには、最初の問いへ戻る。

バレエを、苦しみだけにしない。
人生を楽しむためのものとして、長く一緒に深めていく。

「バレエをもっと豊かに踊るために」。その「豊かさ」は、脚が高く上がることや、難しいステップができることだけを意味しません。

身体が分かる。音楽が聞こえる。作品の背景が見える。他の人の表現を面白いと思える。そして、昨日とは違う自分の踊りを発見できる。

坂口忍先生の指導は、上達の先にあるその世界まで、生徒と一緒に探し続けるための教育なのだと思います。

バレエ安全指導者資格®︎事務局

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バレエ安全指導者資格 安全指導者MAP

各コースで学ばれた先生がいらっしゃる全国のスタジオを、お教室選びや相談先を探す際の参考にご覧いただけます。

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執筆:バレエ安全指導者資格®︎事務局

アンケートやインタビューをもとに、学び続ける先生方の歩みと、それぞれの指導に込められた考えをご紹介しています。

NEXT STEP

知識だけでなく、「止める・分ける・伝え直す・つなぐ」判断力へ

バレエ安全指導者資格®︎では、解剖学、医学、運動、栄養、心理、発達、文化、指導法を横断しながら、目の前の生徒に合わせて判断するための学びを行います。安全は挑戦の反対ではなく、長く学び、高い目標へ挑戦し続けるための土台です。

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