バレエが人生の一番でなくてもいい篠田 沙織さん|岐阜/バレエ指導者・公認心理師
怪我をしたときも、妊娠したときも、仕事や育児で忙しいときも。篠田沙織先生が大切にしているのは、その人の人生に合わせて、そのとき必要なバレエとの付き合い方を一緒に考えることです。
「私の理想とするバレエは、生涯スポーツ、生涯芸術としてのバレエです」。篠田沙織先生の受講レポートには、この言葉が何度も形を変えて現れます。
プロを目指す人には、プロを目指すためのバレエがある。一方で、学校、仕事、怪我、病気、妊娠、出産、育児など、長い人生の変化の中で、自分の身体と心を整えるために続けるバレエもある。篠田先生は、どちらか一つだけを「正しいバレエ」とするのではなく、一人ひとりに異なるバレエとの関係があることを大切にしています。
バレエを続けるために人生を変えるのではなく、人生の中にバレエの居場所をつくる
篠田先生の指導者像を一言で表すなら、「バレエを人生に合わせる先生」なのかもしれません。
バレエを習う子どもたちのすべてが、プロダンサーになるわけではありません。子どもの頃に大好きだったバレエから離れ、進学や就職を経て、もう一度踊りたいと思う人もいます。怪我や病気によって、それまでと同じようには動けなくなることもあります。妊娠や出産、育児、仕事によって、レッスンに使える時間そのものが大きく変わることもあります。
篠田先生は、そうした変化を「バレエを続けられなくなった理由」としてではなく、そのときの自分に合うバレエを考え直すきっかけとして捉えます。
他の大事なものを抱えながら付き合うものとしてのバレエを伝えたい。篠田沙織先生の受講レポートより
- 活動地域
- 岐阜
- 指導先
- NHK文化センター岐阜教室
- 活動
- バレエ指導/公認心理師
- 指導対象
- 幼稚園児から社会人まで
- 教育経験
- 高校、大学でも教育者として従事
- 学び
- 第2期ベーシック/第7期プロフェッショナル
「生涯スポーツ」であり、「生涯芸術」であるバレエ
篠田先生が理想として掲げているのは、年齢や性別を問わず、長く付き合うことのできるバレエです。
プロフェッショナルの世界では、高度なテクニックや芸術性を追求するため、身体へ大きな負荷をかける場面があります。しかし、人生全体で考えれば、プロとして舞台に立つ期間より、その前後の時間の方がはるかに長い人も少なくありません。
だからこそ篠田先生は、芸術性を徹底して追求するプロフェッショナルの世界と、生活の中で身体と心を整えながら続ける世界、その双方が存在してよいと考えています。
「バレエのハードルを下げる」ということ
それは、バレエの質や芸術性を下げることではありません。
身体が硬いから。ブランクがあるから。舞台に出るつもりがないから。仕事が忙しいから。そうした理由で「自分にはバレエは無理」と思っている人にも、今の身体、今の生活から始められる入口をつくることです。
篠田先生にとって、バレエの価値は「どこまで脚が上がるか」だけではありません。正しい円を描くようにアラベスクへ向かうこと、自分の身体にとって無理のない位置を見つけること、その過程そのものにもバレエがあります。
身体を「評価する」のではなく、「観察する」ために踊る
篠田先生自身、中学生の頃に脊柱側弯症が見つかり、その後も身体の左右差や歪み、痛みと付き合ってきました。
けれど、その経験から生まれたのは「バレエが身体を壊した」という単純な結論ではありません。むしろ、鏡を見ること、左右の動きを比較すること、バランスを取ること、ポール・ド・ブラを行うことによって、身体の変化を早く発見できたのではないかと考えています。
自分の心身の健康を保つ相棒です。篠田沙織先生の受講レポートより
毎回ある程度同じ基本動作を繰り返すバレエには、身体の「いつも」を知るという特徴があります。「今日は右が動きにくい」「以前より呼吸が浅い」「足首に引っかかりがある」。そうした小さな違和感に気づくための基準を、日々のレッスンがつくってくれます。
篠田先生は、レッスンを自分の身体を採点する時間ではなく、心身の状態をスキャンする時間としても捉えています。
「少しくらい痛くないと」を、自分の指導から見直す
安全について学ぶ中で、篠田先生は過去の自分の指導も率直に振り返っています。
以前は柔軟性の低い子どもに、「少しくらい痛くないと身体は柔らかくならないよ」と伝えることがあったといいます。しかし、身体について学ぶほど、「伸びている感覚」と「痛み」は区別しなければならないと考えるようになりました。
そして、考えが変わっただけではありません。講義で紹介された方法をもとにストレッチを組み直し、アンシェヌマンのスピードやジャンプ量、床の硬さによる負荷まで検討しています。
自分がそう習ったから、これまで問題が起きなかったから、という理由で方法を固定せず、新しい知識を得たときに現場へ持ち帰り、必要なら自分の指導を修正します。
痛みが出たときも、原因を確かめようとして何度も同じ動きをさせるのではなく、小さな違和感の段階で止める。「見ることも練習」「身体を感じることも練習」と伝え、必要に応じて保護者へ状況を共有し、医療へつなぐ。
教師自身がすべてを治すのではなく、変化に気づき、無理を止め、必要な専門家へつなぐ。その判断も、篠田先生が大切にする安全の一部です。
「特別な子への特別対応」ではなく、全員にオーダーメイドの対応を
篠田先生は公認心理師としての知識を持ち、学校教育にも携わってきました。その経験は、バレエ指導にもはっきりと表れています。
発達特性について考えるとき、篠田先生が大切にしているのは、「特別な支援が必要な子」だけを別枠にすることではありません。
口頭の説明が入りにくければ、人体模型や身近な生徒の動きを見てもらう。バレエそのものへの関心が低い子であれば、身体を動かす楽しさや音楽を聴く心地よさを入口にする。幼い子には、身近なものに置き換えたイメージや遊びを使う。
つまり、生徒を一つの指導法へ合わせるのではなく、その生徒に届く方法を教師側が探します。
この考え方は「優しい指導」というだけではありません。一人ひとりが違うからこそ、教師には、身体、発達、心理、コミュニケーションについて幅広い知識と観察力が必要になるという、非常に責任のある立場でもあります。
学校でも家庭でもない、「第3の居場所」としてのバレエ教室
篠田先生は、生徒から見た自分が「自分の心身の変化や状態を伝えやすい身近な存在」でありたいと書いています。
趣味としてのバレエは、学校や仕事のように「やらなくてはいけないこと」ではありません。だからこそ、学校、家庭、職場で担っている役割からいったん離れ、自分自身へ注意を戻す時間になり得ます。
一時間だけ、頭の中を自分の身体へ戻す
大人のクラスでは、毎回ある程度同じアンシェヌマンを行うことで、「今日はどこまで動けるか」「昨日と何が違うか」を感じやすくします。
子どものクラスでも、上達だけを急ぐのではなく、安全に、楽しく、身体を動かす時間そのものを守ろうとしています。
篠田先生がつくろうとしているのは、教師が人生の中心になる教室ではありません。生徒自自身が、必要なときに戻ってこられ、少し距離を取って自分を見つめ直せる場所です。
「誰に」「何を」だけではなく、その人を「どこへ」導くのか
指導者としての心構えを学ぶ中で、篠田先生が強く印象に残ったと書いているのが、「どこへ」という問いでした。
同じクラスにいても、生徒がバレエへ求めているものは違います。身体を思い切り動かしたい人。上手に踊って人に見てもらいたい子。学校や家庭とは違う人間関係を楽しみたい子。プロを目指す人。健康のために続けたい人。
一人ひとりの「どこへ」を設定し続ける。
だから篠田先生は、教師が用意した一つの正解へ全員を近づけるのではなく、その人自身が何を求めているのかを知ろうとします。
動画を使って自分の感覚と実際の動きを照らし合わせたり、生徒同士で良いところと改善点を伝え合ったり、ジャンプでも「どう跳びたいのか」を考えさせたりするのは、教師の答えを覚えるだけでなく、自分で自分を観察し、修正する力を育てるためです。
怪我、病気、妊娠、出産、育児。経験してきたからこそ伝えられるバレエ
篠田先生が「自分にしか教えられないこと」として挙げているのが、人生のさまざまな出来事を抱えながら、適度な強度と頻度で身体を動かし続けるためのバレエです。
自分自身、怪我をしたときも、妊娠期間中も、自分の身体と心がフラットになる位置を探しながらバレエを続けてきました。
だから、以前と同じように踊れない人に対して、「早く元に戻りましょう」とだけは言いません。
それでもバレエとの関係は、終わらせなくていい。
勉強が忙しい時期には、その時期のバレエがある。妊娠中には、その身体で考えるバレエがある。育児の合間にようやく自分の時間が取れたなら、その一時間に必要なバレエがある。
バレエを続けるために人生を犠牲にするのではなく、人生の変化にバレエの側が寄り添っていく。この柔軟さが、篠田先生の「生涯バレエ」を支えています。
健康のためだけではない。歴史と音楽を知るほど、バレエはもっと面白くなる
篠田先生のレポートを読んでいると、身体科学と同じくらい強い好奇心を向けているものがあります。バレエ史と音楽です。
ディアギレフ、バレエ・リュス、バレエ・スエドワ、ピカソと舞台芸術、宮廷舞踊と政治。光と音楽だけで構成された作品や、衣裳・舞台美術まで含めた大胆な実験。篠田先生は、バレエが決して一枚岩ではなく、国や時代によって考え方も表現も変化してきたことに強く惹かれています。
「拍を取る」から、役柄を表現するへ
拍は、動きを音楽に合わせるためだけのものではありません。同じ振付でも、どこにアクセントを感じ、どのように呼吸するかで、優美さや役柄の印象は変わります。
幼児のレッスンでも手拍子を使いながら音楽を感じることを大切にしたい。篠田先生は、身体を守る知識と芸術としての感性を別々に考えてはいません。
生涯スポーツとしてバレエを開いていくことと、芸術としての奥行きを伝えること。その二つを両立させようとしているところに、篠田先生のバレエ観の豊かさがあります。
「知った」で終わらず、自分の指導を更新し続ける
篠田先生の提出レポートで印象的なのは、講義の感想だけで終わらず、毎回「では自分のレッスンをどう変えるか」まで考えていることです。
ストレッチを組み直す。アンシェヌマンのスピードを見直す。引き上げやターンアウトの説明方法を考え直す。応急対応の物品を準備する。成長期の生徒へ栄養や月経についてどう伝えるかを考える。足部やジャンプの負荷を見直す。
さらに、「正しい使い方をしているかを見る自分の目に自信がない」という疑問も、そのまま言葉にしています。
この慎重さは、身体を扱う指導者にとって重要な専門性の一つです。
篠田先生は、経験を捨てようとしているわけではありません。経験則として知ってきたことを、解剖学、運動学、栄養、婦人科、心理、発達、音楽、歴史といった複数の視点から捉え直し、その意味を自分の中で確かめています。
「肚におとして、噛み砕いて、生徒に伝える」。その学び方そのものが、篠田先生の指導者としての大きな特徴です。
人生の変化の中にも、バレエの居場所を
篠田先生、ベーシックコース、そしてプロフェッショナルコースを通して、毎回の講義を丁寧に受け止め、ご自身の経験と照らし合わせながら、たくさんの言葉を届けてくださりありがとうございました。
篠田先生のレポートから私たちが強く感じたのは、「安全な指導」という言葉の先にある、人の人生そのものへのまなざしでした。
身体に痛みがある人。成長期にいる子ども。バレエより学校が大事な時期にいる人。妊娠や育児の中にいる人。仕事のストレスから少し離れたい人。舞台を目指す人。そして、ただ音楽に合わせて身体を動かす時間が好きな人。
その人の人生を豊かにする場所として、バレエがある。
一人ひとりに同じゴールを求めるのではなく、「今のあなたには、どんなバレエが必要だろう」と一緒に考えること。
痛みや不安があれば止まり、必要なら専門家へつなぐこと。自分の身体を観察し、音楽を感じ、少しずつ変化していく時間を楽しめるようにすること。そして、しばらく離れたとしても、また戻ってこられる場所を残しておくこと。
篠田先生が広げようとしている「生涯スポーツ・生涯芸術としてのバレエ」は、上達を諦めるためのバレエではありません。人生のどの時期にいても、その人なりに深め続けられるバレエです。
セーフダンスアソシエーションとして、これからも篠田先生が、幼い子どもから大人まで、一人ひとりの人生の中にバレエの居場所をつくっていかれる歩みをご一緒できることを、心からうれしく思います。
セーフダンスアソシエーション
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各コースで学ばれた先生がいらっしゃる全国のスタジオを、お教室選びや相談先を探す際の参考にご覧いただけます。
身体だけでなく、その人の人生まで見られる指導へ
解剖学、整形外科学、栄養、女性の健康、心理、発達、音楽、歴史、指導法。セーフダンスアソシエーションでは、バレエを一つの専門だけで捉えず、生徒の身体・心・生活を横断して考えるための学びを提供しています。
