一人ひとりの違いから、
指導を考え続ける渡辺 里苑さん|熊本・福岡/ダンサー・バレエ/ダンス講師・振付家
自分が習ってきた方法や、踊り手としての感覚を唯一の答えにしない。渡辺里苑先生が大切にしているのは、生徒それぞれの身体、心、目的、生活背景を知り、その人に届く方法を一緒に探すことです。
2005年熊本県出身。8歳から英国人講師のもとで主にチェケッティ・メソッドを学び、クラシックバレエを基盤に、コンテンポラリー、モダン、ジャズ、タップ、ナショナルダンス、ヒップホップなど、さまざまな身体表現に触れてきた渡辺里苑先生。現在は熊本・福岡を中心に、ダンサー、講師、振付家として活動されています。
渡辺先生の受講レポートを通して事務局が何度も感じたのは、若さや経験の少なさを不安のままにせず、「だからこそ学びたい」「自分の経験だけで決めたくない」という力へ変えていることでした。分からないことを隠さず、知ったことをすぐ現場へ持ち帰り、生徒のために考え直す。その率直でしなやかな歩みをご紹介します。
踊ること、教えること、つくることを、一つの歩みの中で
渡辺先生は、ダンサーとして十分な年月を重ねてから指導へ転じたのではなく、早い時期から所属スタジオでアシスタントを経験し、踊り手と教える側の視点を並行して育ててきました。
2026年『Liora Dance Arts』を始動し、バレエ・コンテンポラリー・ジャズダンスの指導を行う一方、熊本・福岡で創作舞台への出演や振付にも取り組んでいます。舞台、レッスン、創作、映像など、活動の形を一つに限定せず、ダンスを通して人や地域と関わっています。
教える人、つくる人として問い直していく。
クラシックバレエの線や段階性だけでなく、コンテンポラリーの重力感、ジャズの音楽性、タップのリズム、さまざまなジャンルの表現に触れてきたことは、渡辺先生が踊りを一つの様式だけで捉えない土台になっているように感じます。
- 生年・出身
- 2005年・熊本県
- 活動地域
- 熊本・福岡
- 活動
- ダンサー/講師/振付
- 指導分野
- バレエ/コンテンポラリー/ジャズダンス
- 学びの基盤
- チェケッティ・メソッドを中心とする英国系バレエ
- 修了コース
- ベーシック/プロフェッショナル
「同じクラスにいても、一人ひとり違う」ことから始める
渡辺先生のレポートを通して、最も一貫して現れるのは、個人差へのまなざしです。
骨格やアライメント、関節の可動域、筋力、発達段階、心理状態、バレエを習う目的、学校や家庭での生活。同じ年齢で同じクラスを受けていても、生徒の身体と背景は同じではありません。
柔軟に指導できるようにしたい。渡辺里苑先生の受講レポートより
渡辺先生は、全員を同じ完成形へ近づけることよりも、まずその人がどこにいて、何を求め、どのように理解するのかを知ろうとしています。
これは、単に「優しく接する」ということではありません。一人ひとりが異なるからこそ、指導者には想像以上の知識と観察が必要だと受け止めています。個人差を認めることを、課題を曖昧にする理由ではなく、より丁寧に教えるための出発点にしているのです。
自分の経験を大切にしながら、それを絶対にはしない
踊り手として身につけた感覚は、指導にとって大切な財産です。しかし、自分にできた方法が、すべての生徒に合うとは限りません。
渡辺先生は受講前を振り返り、自分の経験と知識を中心にした「感覚的な指導」になりやすかったと率直に書いています。そして学びを重ねる中で、経験を捨てるのではなく、解剖学、運動学、発達、心理、栄養などの視点から、経験の意味をもう一度確かめるようになりました。
一つのメソッドを、唯一の正解にしない
チェケッティ、フレンチバロック、ワガノワ。それぞれの歴史と体系を学んだ渡辺先生は、違いだけでなく、互いにつながる部分にも目を向けています。
どれかを偏見によって退けるのではなく、まず知り、その生徒や目的に何が必要なのかを考える。この態度には、自分の知っている範囲を世界のすべてにしない慎重さがあります。
これは基準を持たないという意味ではなく、身体や教育には単純な一つの答えで扱えない部分があることを理解し、判断の前に見る、聞く、考えることを大切にされているのだと思います。
「難しかった」で終わらせず、分からなさを学ぶ力に変える
プロフェッショナルコース初日、渡辺先生は「知らない言葉もたくさん登場した」と書いています。しかし、その直後に続いたのは、難しさへの戸惑いではなく、復習しながら理解したいという言葉でした。
復習しながら、しっかり理解したい。渡辺里苑先生の受講レポートより
分からないことを、自分には向いていない証拠として扱わず、これから学ぶべき場所として受け止める。こうした姿勢は、能力を固定されたものではなく、学習によって育つものとして捉える「成長的な学び方」に通じます。
さらに渡辺先生は、新しく知ったことを記憶するだけでなく、「生徒へどう伝えるか」「レッスンで何を試すか」まで考えています。セラバンドを使ったトレーニング、呼吸とポール・ド・ブラ、足部内在筋、ジャンプと着地、拍子やアクセントなど、講義を現場の言葉へ翻訳しようとしています。
学ぶことが、自分を立派に見せるためではなく、目の前の生徒へ届く指導へ変わっていること。それが渡辺先生の学習姿勢の大きな特徴です。
身体の安全と、心の安全を切り離さない
渡辺先生が考える「安全」は、怪我をしないための身体の使い方だけではありません。
成長期のエネルギー不足、貧血、無理なダイエット、疲労、回復、アライメント、呼吸、足部機能、ウォーミングアップ、血圧、緊急時対応。身体について多くを学ぶ一方で、ハラスメント、痛みの受け止め方、言葉かけ、内発的動機づけ、相談しやすい関係にも同じ重さで向き合っています。
身体や心に大きな負担をかけることもある。
それが当たり前に起きてよいことではない。
身体の痛みを我慢させる言葉は、心理的な圧力になります。体重を一方的に減らすよう求めることは、栄養だけでなく自己評価や身体像にも影響します。指導者の言葉や表情、日頃の接し方は、生徒が痛みや不安を伝えられるかどうかにも関わります。
渡辺先生は、身体と心を別々の課題として見るのではなく、互いに影響し合う一人の人間として生徒を見ようとしています。
生徒が安心して言葉を交わせる関係を
ハラスメントとコンプライアンスの講義を通して、渡辺先生は、教室内の人間関係や指導者の言葉・態度が、生徒の安心感に与える影響を改めて振り返っています。
日々の指導では、意図の有無にかかわらず、何気ない言葉や接し方が、生徒に緊張や疎外感を与えてしまうことがあります。渡辺先生は、さまざまな経験を踏まえながら、誰かが傷ついたり、居場所を失ったりすることのない教室でありたいという思いを深めています。
教室の空気も、指導の一部
生徒が周囲の反応を過度に気にしたり、困りごとや不安を言葉にできなかったりする環境では、身体の技術を学べても、安心して成長することは難しくなります。
渡辺先生が目指しているのは、受容、共感、傾聴を大切にし、日頃からコミュニケーションを取りやすく、生徒からもフィードバックを受けられる教室です。
心理的安全性とは、生徒へ何も求めないことではありません。必要な修正や課題を伝えながらも、「痛い」「分からない」「不安」「少し休みたい」といった言葉を率直に伝えられ、その声を指導者が受け止められる関係です。
渡辺先生は、指導者の声だけでなく、表情、イントネーション、聞く姿勢までが学習環境をつくることを理解し、自分自身の伝え方を客観的に見直そうとしています。
自分にとってのバレエを、生徒へ押しつけない
渡辺先生にとって、バレエは自分を表現できる場所であり、「生きがい」です。しかし、生徒にも同じ意味を持たせようとはしていません。
生徒にとっては、それぞれが安全に、健康に、
楽しめるものであればよい。
プロのダンサーになりたい生徒には、成長期を守りながら進路情報や不安に向き合う。姿勢を良くしたい人には、その人に合う姿勢を一緒に探す。学校へ行くことが難しい生徒には、バレエを友達と楽しみ、達成感を得て、ストレスを発散できる場所にする。
三人に対して同じゴールを設定しないところに、渡辺先生の指導観が表れています。
渡辺先生の姿勢は、答えを与えて従わせる指導よりも、生徒の中にある目的や可能性を引き出し、選択を支える指導に近いものです。
賞や成果だけに、バレエの価値を預けない
渡辺先生自身が学んだスクールでは、コンクールへの出場機会を設けず、英国人講師のもと、一つのパに時間をかけて基礎を学んできたといいます。
その経験を持ちながらも、コンクールを一概に否定してはいません。努力が報われる喜び、挫折から学ぶ経験、ダンサーとしての可能性が広がる機会がある一方で、商業的な流れにのみ込まれることや、賞を取るためだけの練習になる危うさも見ています。
気づきにも目を向けられるように。
結果だけで評価される環境では、生徒は他者より上であることや、失敗しないことに意識を奪われやすくなります。一方、身体を理解したこと、音楽の聴き方が変わったこと、練習の仕方を考えられたこと、最後まで作品へ向き合ったことにも価値があると伝えれば、学ぶ動機は生徒自身の内側に育っていきます。
渡辺先生が目指すのは、競争をなくすことではなく、競争の結果だけでその人やバレエの価値を決めない指導です。
安全のための知識を、表現する自由へつなげる
渡辺先生のレポートには、呼吸、音楽、アームス、重心移動、拍子、アクセント、シンコペーションについての気づきが何度も登場します。
呼吸を止めるか、流し続けるかで踊りが変わる。アームスの動きが重心移動へつながる。拍のどこにアクセントを置くかで、動きの様式や印象が変わる。身体の波を音楽的に構成する。
身体を守ることは、表現を小さくすることではない
アライメントや足部機能、呼吸、栄養、回復を学ぶのは、身体を管理し、動きを制限するためではありません。
余計な力や不安を減らし、音楽を感じ、空間へ動きを広げ、自分の心を表現できる余裕をつくるためです。
渡辺先生がバレエを通して伝えたい五つのことには、音楽にのせて表現する楽しさ、努力による達成感、自分の心と身体を理解すること、好きなことへ注ぐ情熱、多様な世界があることが挙げられています。
科学的に身体を知ることと、芸術として自由に表現すること。その二つを対立させず、互いを支えるものとして伝えようとしているところに、ダンサー、振付家、指導者を横断する渡辺先生らしさがあります。
完成された答えではなく、これから育っていく専門性
渡辺先生は、将来バレエ教室を経営したいと書いています。その一方で、自分が経験した世界だけで教室が形づくられることへの不安も率直に語っています。
その不安は、指導者として弱いから生まれたものではないように感じます。自分の経験だけで、異なる身体や人生を持つ人へ関わることの重さを知り始めているからこその慎重さです。
私自身の体験や視点から生まれる。
だからこそ、自信の中にも柔軟性を持ちたい。
渡辺先生の強みは、英国系バレエの段階的な基礎、多ジャンルの身体経験、若い世代との距離の近さ、創作と振付の視点、安全指導の学びが、一人の中でつながり始めていることです。
現在は、一分野の完成された専門家というより、複数の領域を往復しながら、自分にしかできない指導を形づくっている途中にあります。
しかし、完成していないことを隠さず、学び続けることを責任として引き受けられる。その姿勢そのものが、これから生徒や保護者から信頼される指導者へ育っていくための、大切な専門性なのだと思います。
一人ひとりを理解しようとする、その姿勢を大切に
渡辺先生、ベーシックコース、そしてプロフェッショナルコースを通して、毎回の講義を丁寧に受け止め、たくさんの言葉を届けてくださり、本当にありがとうございました。
レポートを拝見しながら事務局がうれしく感じたのは、講義で得た専門用語や知識の量だけではありませんでした。
知ったことをすぐに「生徒へ何を伝えたいか」へ置き換えてくださったこと。身体の問題を、生徒の日常生活や心理状態から切り離さずに考えてくださったこと。そして、これまでのご自身の経験を大切にしながらも、それだけを正解にせず、目の前の一人に合わせて考え直そうとしてくださったことでした。
その人が自分の身体と心を理解できるように。
若くして指導に携わることには、期待とともに、迷いや不安もあると思います。けれど、分からないことを分からないままにせず、学び、相談し、考え直す場所を持っていることは、大きな力になります。
渡辺先生が目指しているのは、痛みや不安を隠して頑張る教室ではなく、生徒が安心して話し、自分の身体を感じ、自分なりの目標へ向かえる教室です。そして、技術だけでなく、音楽、表現、努力する喜び、多様な世界と出会える場所です。
自分にとってのバレエを、生徒へそのまま重ねない。生徒の人生の中で、バレエがどのような意味を持つのかを一緒に考える。その姿勢は、これから教室をつくり、長く人を育てていくうえで、何より大切な土台になると思います。
渡辺先生が、ダンサーとして、振付家として、そして指導者として、これからどのような表現と学びをつないでいかれるのか。事務局として、その歩みに寄り添い、これからも学びをご一緒できることを心からうれしく思います。
バレエ安全指導者資格®事務局
バレエ安全指導者資格® 安全指導者MAP
各コースを修了された先生がいらっしゃる全国のスタジオを、お教室選びや相談先を探す際の参考にご覧いただけます。
一人ひとりの違いを知り、根拠と対話のある指導へ
バレエ安全指導者資格®では、解剖学、栄養学、整形外科学、生体力学、心理、発達、音楽、歴史、指導法を横断して学びます。自分の経験だけを答えにせず、一人ひとりの身体、心、目的、生活背景に合わせて考え続けられる指導者へ。
