教える人から、
学ぶ環境をつくる人へ花岡 珠季先生|沖縄県石垣島・86° Dance Studio主宰/Choreographer・Director・Ballet Teacher
約20年にわたりバレエを教えてきたからこそ、もう一度、自分自身の指導を問い直す。花岡珠季先生がベーシックコースの学びを通して見つめ直したのは、技術の教え方だけではありません。生徒の身体と心を理解し、自分で考え、安心して挑戦し、芸術と文化に出会える環境そのものをつくることでした。
ロシア国立ペルミバレエ学校日本校でバレエ教師としての専門教育を学び、約20年、子どもから大人まで幅広い世代を指導してきた花岡珠季先生。現在は沖縄県・石垣島を拠点に86° Dance Studioを運営され、バレエの基礎や伝統を大切にしながら、身体の安全性、一人ひとりの個性、そして島の歴史や文化を舞台芸術へつなぐ活動を続けていらっしゃいます。
長く教えてきた先生が、改めて学ぶ側へ戻る。その背景にあったのは、「伝えたいことが、うまく伝わらない」という小さな違和感でした。その違和感を生徒や地域のせいにするのではなく、自分自身の指導を問い直すきっかけにしたこと。そこから始まった学び直しは、花岡先生の教師観を「伝える人」から「生徒とともに学ぶ環境をつくる人」へと変化させていきました。
20年の経験を、「答え」にしない
花岡先生は、ロシア国立ペルミバレエ学校日本校でバレエ教師としての専門教育を学ばれ、20代からその基盤をもとに、子どもから大人まで幅広い世代の指導を続けてこられました。長い年月の中では、学んできた方法をそのまま当てはめるのではなく、目の前の生徒の身体や個性を見ながら、その人に合う伝え方を探し、ご自身なりの指導を積み重ねてこられたそうです。
一方で、指導歴が長くなるほど、自分の中で「当たり前」になっていく考え方もあります。花岡先生ご自身も、振り返れば、若い頃に学んだ「根性論」のような価値観を、そのまま教室へ持ち込んでいた部分があったと見つめ直されています。
コロナ禍をきっかけに一度スタジオをたたみ、石垣島へ移住。その後、再び教室を開き、指導への熱が戻ってきた頃に感じ始められたのが、「伝えたいことが、うまく伝わらない」という違和感でした。
今度は、自分自身がもう一度インプットする時なのかもしれない。花岡先生より
指導経験が長くなるほど、自分の方法は「当たり前」になっていきます。そのとき、伝わらない理由を、生徒の意欲や世代、地域性の違いに求めることもできます。しかし花岡先生は、そこで問いを外へ向けるのではなく、自分自身へ戻されました。
「これまでの伝え方で本当に届いているのか」「自分が正しいと思ってきたことを、今の生徒たちにも同じように渡してよいのか」。そうした問いを持つことは、これまで積み重ねてこられた経験を否定することではありません。
むしろ、20年近い経験があるからこそ、新しく得た知識と実践を照らし合わせながら、「残したいもの」「変えた方がよいもの」「今の生徒たちに合わせて伝え直したいもの」を選び取ることができます。
経験を完成した答えにせず、次の学びへ開いておく。その姿勢こそ、花岡先生の指導者としての大きな強みの一つです。
- 活動地域
- 沖縄県・石垣島
- 主宰
- 86° Dance Studio
- 活動
- バレエ指導/振付/演出/舞台制作/地域文化活動
- 修了コース
- ベーシックコース
「どう教えるか」から、「どう受け取られているか」へ
受講後の言葉の中で、花岡先生は、これまで教師とは「伝える側」「発信する側」であるという意識が強かったと振り返られています。しかし学びを重ねる中で、伝えること以上に大切なのは、「受け取る側の気持ちや状況を理解すること」なのだと感じられたそうです。
教師が何を言ったかではなく、その言葉が相手にどう届いたのかを見る。これは、指導の中心を「教師」から「生徒」へ少しずつ移していくことでもあります。
同じ「もっと伸ばして」という言葉でも、年齢、性格、その日の疲労、身体の状態、これまでの経験によって受け取り方は異なります。教師が同じ言葉を言ったからといって、生徒の中に同じ学びが生まれるわけではありません。
教師の仕事を「伝達」だけにしない
相手は今、何を感じているのか。理解できているのか。怖さや痛みを抱えていないか。その言葉は、励ましとして届いたのか、それとも無言の圧力になっていないか。
花岡先生の視点は、教師の意図ではなく、生徒の中で実際に何が起きているかを見る方向へ移っています。
受講後は、レッスン前に「今日、生徒へ何を伝えたいのか」を整理し、必要なことはご自身でも調べ、一つのクラスに統一性を持たせるようになったそうです。これは知識が増えたというだけではありません。授業を始める前から、生徒がどのように理解していくかを考え、学びの流れそのものを設計するようになったという変化です。
また、できないことだけを見るのではなく、その子がすでに持っている良さや、小さな変化、努力している過程を見つけて伝えることも大切にされています。安心して挑戦でき、失敗してもまた前を向ける。そのような教室の空気も、技術指導と同じくらい重要だと考えられていることが伝わってきます。
踊り方を教えることだけではなく、
その人自身と向き合うこと。花岡珠季先生
古典を「覚えるもの」ではなく、今を考えるものへ
花岡先生が身体についての講義と同じくらい強く心を動かされたのが、DAY4のバレエ・リュス、バレエ・スエドワ、そしてその時代背景についての講義でした。
舞踊だけでなく、音楽、美術、文学、社会情勢、人々の思想が交差しながら作品が生まれてきたこと。作品が称賛される一方で批判を受け、芸術家同士の間にも緊張や議論があったこと。そこから花岡先生は、バレエを「完成された型」としてではなく、その時代を生きた人々の価値観や葛藤が残された総合芸術として捉え直されています。
作品から「一つの正解」を教えるのではなく、考える入口にする
花岡先生は、『ドン・キホーテ』から「決断する力」を考えるように、古典作品が現代の子どもたちへ何を伝えられるのかを探っていらっしゃいます。
「この人物はなぜこう決断したのだろう」「この時代ではどう見えただろう」「今の自分ならどう考えるだろう」。歴史を覚えるだけではなく、作品を通して自分と社会を考える学びへつなげることができます。
「歴史や文化を知り、先人たちの想いを受け継ぐこと」と、「人と違うことを恐れず、自分らしく生きること」。一見すると別々に見える二つの価値を、花岡先生はバレエの中でつなごうとされています。
石垣島の自然、歴史、記憶を舞台芸術にする
花岡先生の活動を特徴づけているのは、バレエを石垣島へ「持ってくる」だけではなく、石垣島そのものを創作の源にされていることです。
都市部で育まれてきた舞台芸術の方法を地域へ届けるだけでなく、島の自然、歴史、人々の記憶、土地の物語を受け取り、それを舞台作品としてもう一度地域や外の世界へ返していく。そこには、バレエを一方向に教えるだけではない、文化の往復があります。
振付家・演出家として、『神在月』『Sylphs Journey』『The Planet 明和の大津波』など、島の歴史、自然、文化と舞台芸術を融合したオリジナル作品を発表。土地の記憶や風土を身体表現へと変え、島内外へ届ける活動を続けていらっしゃいます。
石垣島特産エンターティンメント実行委員会の代表として、子どもたちが本格的な舞台芸術に触れ、挑戦できる環境づくりにも取り組まれています。
ここでバレエ教室は、踊り方を習う場所だけではなくなります。島の歴史を知り、自然を見つめ、地域の人と関わり、作品へ変換し、それを観客へ届ける。子どもたちが、自分の暮らす土地を別の角度から見つめ直す文化教育の場にもなっていきます。
自分たちの住む場所にある物語が舞台になり、身体表現となり、観客の心を動かす。その経験は、技術の習得とはまた違う形で、子どもたちの感性や地域への誇りを育てていくのではないでしょうか。
花岡先生の創作活動には、地域の文化を受け取ることと、新しい文化を生み出すことの両方があります。
技術だけではなく、「ゆかしさ」を感じられる教室へ
花岡先生が教室づくりについて書いた言葉の中に、「ゆかしさ」という表現があります。
相手や空間を尊重すること。
言葉や動きに表れる「ゆかしさ」を感じられる教室にしたい。花岡珠季先生
ここで語られているのは、単なる礼儀作法ではありません。作品に向き合うこと、音楽を聴くこと、仲間の身体を尊重すること、空間を共有すること、自分の言葉が相手にどう届くかを考えること。そのすべてに通じる感性です。
一方で、「美しさ」や「礼儀」を教師側の一つの正解として押しつけてしまえば、それは別の無言の圧力にもなり得ます。だからこそ花岡先生の現在の教師観と組み合わせることが重要です。
「こうするのが美しい」と教えるだけではなく、「相手を尊重するとはどういうことだろう」「舞台を一緒につくるとはどういうことだろう」と、生徒とともに考える。そうした対話の中で育つ感性としての「ゆかしさ」であれば、花岡先生ならではの教室文化になっていくのではないでしょうか。
教師もまた、生徒とともに学び続ける存在
花岡先生の受講前後の言葉をたどると、知識が増えたこと以上に、「教師とは何か」という考え方そのものが変化していることが伝わってきます。
技術を教える人から、一人の人を見る人へ。正しい形を示す人から、身体の中で何が起きているかを一緒に考える人へ。一方向に伝える人から、生徒の声を受け取る人へ。そして、自分の経験を完成した答えにする人から、自分自身も学び続ける人へ。
長く教えてきた先生にこそ、学び直す時間を
花岡先生は、このコースを「長くバレエを教えてきた先生にこそ、おすすめしたい」と書かれています。
指導歴が長くなるほど、自分の経験や方法が「当たり前」になっていく。だからこそ、「今の指導は本当に生徒にとって安全なのか」「伝え方はこれでよいのか」と見つめ直す時間が必要だと感じられています。
これは、経験が価値を失うということではありません。むしろ経験があるからこそ、新しい知識と照らし合わせたときに、何を残し、何を変え、何を次の世代へ渡すのかを深く考えることができます。
学び直すことは、これまでの自分を否定することではなく、経験の意味をもう一度問い直し、よりよい形へ更新していくこと。花岡先生の姿からは、そのことが自然に伝わってきます。
生徒と一緒に学び、成長していける指導者であり続けたい。花岡珠季先生
「人生の学びのプロセスを、物語にすること」
花岡先生は、ご自身にとってのバレエを「人生の学びのプロセスを物語にすること」と表現されています。
嬉しさ、苦しさ、迷い、成長、出会い。人生の中で経験したことや感じたことが身体を通して表現となり、一つの物語へ変わっていく。その過程そのものが、花岡先生にとってのバレエです。
身体を知り、自分を知り、表現する力を育てる場所へ。
子どもたちにとっても、バレエが「できる・できない」だけで測られる場所ではなく、さまざまな物語に触れ、音楽や歴史や文化を感じ、自分自身の身体と心を知り、他者と作品をつくりながら、自分なりの表現を見つけていく場所であってほしい。
そのために、教師が身体を学ぶ。心理を学ぶ。栄養を学ぶ。歴史を学ぶ。そして、自分自身の言葉や態度も問い直していく。
ロシア国立ペルミバレエ学校日本校で学ばれた基礎と規律、約20年の指導経験、現代の身体科学や心理的安全性への視点、石垣島の自然と文化、そして創作。そのすべてが一つにつながっていったとき、花岡先生の教室は、単に「安全にバレエを習う場所」よりもさらに広いものになっていくはずです。
技術を学ぶことと、自分を知ること。歴史を知ることと、今の自分の考えを持つこと。土地の文化を受け継ぐことと、自分らしい表現を生み出すこと。花岡先生の指導には、そうした一見別々に見える学びを、バレエを通して一つに結び直していく可能性があります。
それは、バレエを通して、身体・自己・他者・文化・土地との関係を学ぶ場所です。
経験を答えにせず、学び続けること。その姿そのものが、生徒たちへ「人はいつからでも知り、考え、変わっていける」と伝えているように感じます。
執筆:バレエ安全指導者資格®事務局
資格で学ばれた先生方の歩みを、学びをご一緒した時間への感謝とともにお届けしています。
バレエ安全指導者資格® 安全指導者MAP
各コースを修了された先生がいらっしゃる全国のスタジオを、お教室選びや相談先を探す際の参考にご覧いただけます。
さまざまなバレエの教授法やメソッドを学ばれてきた先生方も学ばれています
バレエ安全指導者資格®では、解剖学、整形外科学、生体力学、栄養学、心理学、指導法、バレエ史などを学びます。知識を増やすことだけでなく、それぞれの先生が歩んできた経験と結び、目の前の生徒へ届く形に育てていくことを大切にしています。
