「私はこう習ったから」の、その先へ。

「私はこう習ったから」の、その先へ。|経験と伝統を、生徒に合わせて選び直すバレエ指導|バレエ安全指導者資格®

バレエ指導者のための教育コラム

「私はこう習ったから」の、
その先へ。

経験と伝統を大切にしながら、目の前の生徒に合う方法を選び直す。

「昔から、こう教えてきた」「私もこの方法でできるようになった」「先生からは、こう習った」。バレエの教室で自然に交わされる言葉です。そこには、先生たちが受け継ぎ、身体で確かめてきた大切な経験があります。

けれども、その方法がすべての生徒に合うとは限りません。時代も、身体も、年齢も、学び方も異なるからです。大切なのは、これまでの経験を否定することではなく、経験を唯一の答えにせず、目的と根拠を確かめ、目の前の生徒のために方法を選び直すこと。

残したいのは、決まったやり方だけではなく、その先にある学びと、バレエの価値です。

4つの言葉に共通する、ひとつの問い。

指導の現場で聞く4つの言葉は、少しずつ違う問題を表しているようで、同じ問いにつながっています。

01

「昔からこうだから」

長く続いてきた方法を、その目的や今の安全性を確かめずに繰り返していないでしょうか。

02

「私はこう習ったから」

自分が受けた教えを大切にする一方で、それを唯一の指導基準にしていないでしょうか。

03

「自分がこう習ったから」

経験が、他の身体や異なる成長段階を持つ生徒にも当てはまると思い込んでいないでしょうか。

04

「私はこうしてできたから」

自分の成功体験を、生徒が通るべき唯一の道にしていないでしょうか。

共通する問いは、「過去に自分がどう教わったか」ではなく、「今、この生徒に何が必要か」です。教師の経験を起点にしながらも、そこだけで判断を終えないこと。それが今回の4本に通う考え方です。

受け継いできたものには、残す価値があります。

バレエは、身体から身体へ、先生から生徒へと受け継がれてきた芸術です。音楽との呼吸、空間の使い方、舞台での感覚、短い言葉で伝わる技術や表現。こうした知恵には、教科書だけでは得られない価値があります。

自分が踊り、何度も失敗し、注意を受け、できるようになった道のりも、教師の財産です。だからこそ、「昔の指導はすべて間違い」と言ってしまう必要はありません。

受け継ぐことと、同じ方法を繰り返すことは、同じではありません。

受け継いだのは、特定のストレッチや言葉だけではないはずです。その奥には、身体の使い方を育てる目的、表現を深める意図、音楽や文化への敬意があります。その大切な部分を残すために、方法や関わり方を見直すことも、継承の一つの形です。

尊敬する先生の方法を問い直すことは、その先生の経験を否定することではありません。「何を大切にしていたのか」を理解し、今の生徒に届く形へ考え直すことです。

なぜ、慣れた方法を繰り返してしまうのでしょうか。

先生が生徒を大切にしていないからではありません。バレエの学び方、身体で身につく経験、教室の忙しさなど、いくつかの理由が重なります。

身体で覚えてきたから

繰り返して身についた技術ほど、理論より先に、昔聞いた言葉や身体感覚が自然に出てきます。

成功した記憶が強いから

「この練習でできた」という経験は強い説得力を持ちます。ただし、本人に有効だったことは全員に適する証明ではありません。

長く続くことに安心感があるから

長年使われている方法は正しいと感じやすくなります。しかし、「続いてきた」と「誰にでも安全・適切」は別のことです。

先生への敬意があるから

尊敬する先生からの教えほど、その理由を疑問にすることに抵抗を感じる場合があります。敬意と検証は両立できます。

時間が足りないから

限られたレッスン時間の中では、いつも使っている言葉や練習方法へ戻りやすくなります。

別の選択肢を知らないから

身体・医学・心理・成長・教育・権利など、異なる分野から学ぶ機会が少なければ、変えたくても同じ方法を選びやすくなります。

指導の振り返りは「自分の指導を責めるため」ではありません。何を当然だと思っていたのかに気づき、選択肢を増やすための時間です。

「方法」と「目的」を分けて考える。

例えば「膝を伸ばして」という言葉を教わったとします。その言葉の奥にある目的は、足のラインを整えることなのか、身体の働きを意識することなのか、動作の準備なのか。目的によって、見るべきことも伝え方も変わります。

「昔からこの順番」「この言葉を使うものだから」という方法だけを守ると、その生徒に合わなくても同じことを続けてしまうことがあります。逆に、目的を取り出して考えると、伝える言葉や練習の順序を変えても、育てたい技術や価値は残せます。

方法そのものを基準にすると

  • 「私もそうされたから」と同じ指導を繰り返す
  • 注意しても変わらなければ、さらに強く言う
  • 同じストレッチや練習量を全員に求める
  • 昔からの慣習を、安全や権利より優先してしまう

目的から選び直すと

  • まず「何を育てたいのか」を確かめる
  • 動き・理解・体調を見て別の言葉や課題へ変える
  • 身体や成長に合う方法・負荷を検討する
  • 安全・尊厳・本人の意思を守りながら指導する
「この方法を残すべきか?」の前に、
「何のための方法だったのか?」を考えてみる。

問い直した結果、元の方法を残す判断になることもあります。そのときは「昔からあるから」ではなく、今の目的と生徒の状態に照らして、なぜ残すのかを説明できることが大切です。

生徒は、「昔の自分」ではありません。

自分ができるようになった過程は、目の前の生徒が学ぶ過程と同じではありません。骨格、関節の特徴、筋力、可動域、成長段階、過去の怪我、疲労、理解の仕方、心理状態、目標など、条件は一人ひとり違います。

生徒の動きが変わらないとき、「努力が足りない」と決める前に、何が起きているのかを丁寧に確かめます。動きの理解が十分でないのか、課題が難しすぎるのか、疲労があるのか、身体条件の違いなのか。教師の観察だけで原因を断定しないことも重要です。

身体の違いを見る

見た目の形だけでなく、姿勢、動作、動ける範囲、疲労や痛みの訴え、発達の段階などを見る。生徒の身体を教師の身体と同じものとして扱わない。

学び方の違いを見る

言葉で分かる人、見本で理解する人、段階を分けると取り組みやすい人など、理解の入口はさまざまです。怖さや不安、質問のしやすさも指導の条件になります。

同じ技術を目指すことと、全員が同じ道を通ることは別です。指導の中心を、「先生がどうできたか」から「この生徒はどう学べるか」へ。その視点が、経験を生きた指導へ変えていきます。

レッスンで見直したい、6つの場面。

「これまでは普通だった」と思う瞬間こそ、目的、本人の反応、現在の安全の考え方を確かめる機会になります。

01 「もっとターンアウトして」と言っても変わらない。

言葉を強く繰り返す前に、姿勢、課題の難しさ、股関節や足部の使い方など、観察できる要素を整理します。可動域や原因を教師が決めつけず、別の説明・課題を検討します。

02 自分に合ったストレッチを、生徒にも勧めている。

柔軟性が必要という目的と、その方法が適切かは別です。成長段階、痛み、疲労、身体の特徴、回復の状況を見て、無理な負荷を当然としないことが大切です。

03 「バレエなら痛みを我慢するもの」と考える。

努力して取り組むことと、痛む動作を続けることは同じではありません。痛みがあればその課題をいったん止め、状態に応じて保護者や医療機関につなぐことを考えます。

04 「怖くても一度やってみれば分かる」と進ませる。

怖さの背景には、動作理解、身体の準備、過去の経験、心理的な負担などが考えられます。本人の気持ちを確かめ、課題を分ける・条件を変えるなど別の入口を用意します。

05 発表会前だから、練習量や我慢を増やす。

目標を持って練習することは大切です。一方、疲労、成長、休養、不安を見ないまま「舞台のため」と無理を積み重ねないことも指導者の役割です。

06 身体に触れて直すことや、質問させないことが慣習になっている。

技術的な意図があっても、接触の目的・必要性・説明・同意を省略しないことが大切です。非接触の方法を検討し、「なぜ?」「痛い」「嫌だ」を言える関係をつくります。

「私はこう習った」と思ったときの、6つの問い。

最初から、すべての指導を変える必要はありません。まず、いつも使う一つの言葉、一つの練習方法から見直します。

01

何を育てたいのでしょうか。

形、技術、身体の使い方、音楽性、表現、安全など、指導の目的を明確にします。

02

なぜその方法なのでしょうか。

「昔から」「自分ができたから」以外に、身体・教育・安全の面から説明できる理由があるかを確かめます。

03

この生徒にも当てはまるでしょうか。

年齢、身体条件、成長、理解、疲労、心理、経験、本人の希望を見ます。過去の自分を基準にしません。

04

別の道はないでしょうか。

言葉、見本、課題の分解、練習の順序、回数、負荷、非接触の誘導など、目的を保ったまま別の方法を考えます。

05

本人はどう受け取っているでしょうか。

「言った」だけで終わらず、理解、動き、不安、痛み、質問のしやすさ、負担がどう変化したかを確かめます。

06

教師だけで決めてよいことでしょうか。

医学的なこと、摂食、月経、心理、身体接触の問題や安全上の懸念は、教師の経験だけで断定せず、適切な相談先を検討します。

答えがすぐに出ないこともあります。「確認して、次のレッスンまでに整理します」と伝えることは、指導への責任を放棄することではありません。

経験を、現場の判断に変える6つの流れ。

SDAの教育が重視するのは、知識を覚えることだけではなく、迷った場面で安全な次の一手を選べることです。4本の記事に共通する考え方を、現場の流れにまとめると次のようになります。

01違和感に気づく
02必要なら止める
03事実を分ける
04根拠と照らす
05方法を選ぶ・つなぐ
06振り返り、共有する
01

気づく

「同じ注意で変わらない」「いつもと様子が違う」「痛い・怖いと言っている」といった小さな違和感を見逃しません。

02

止める・調整する

安全が確かめられない場合は、痛む課題、負荷、回数、接触などをいったん止めるか調整します。続けることを優先しません。

03

事実と解釈を分ける

目で見た動き、本人が話したこと、教師が経験から推測したことを区別します。「努力不足」などの決めつけを避けます。

04

根拠と照らす

解剖学、身体の仕組み、成長、心理、栄養、教育、安全、権利の知識と照らし、分からない点を明確にします。

05

方法を選び、必要ならつなぐ

指導の範囲であれば言葉・課題・順序などを変えます。医学的問題や専門領域に踏み込む場合は、保護者・責任者・適切な専門家へつなぎます。

06

結果を確かめ、教室の仕組みへ戻す

理解、動き、安全、不安の変化を振り返ります。繰り返し起きる課題は、教室の方針・研修・相談経路の整備へ戻します。

この流れは「毎回6つを機械的に実施する手順」ではありません。目の前の状況に合わせ、生徒の安全と尊厳を守りながら、判断を一人の経験に閉じ込めないための考え方です。

「以前のやり方」から「選べる指導」へ。

学び直しは、大きな改革だけでなく、先生の何気ない一言から始められます。

これまでの言い方

  • 「私もこれでできたから、同じようにやって」
  • 「何回もやれば、いつかできるはず」
  • 「昔からこの順番だから」
  • 「これくらいの痛みは我慢して」
  • 「先生の言う通りにして、質問しないで」

問い直したあとの伝え方

  • 「私には合った方法です。あなたには何が合うか考えましょう」
  • 「一度やり方を分けてみましょう」
  • 「この順番の目的を確かめてみましょう」
  • 「痛みがあるなら、その動作はいったん止めましょう」
  • 「分からないことや不安があれば、教えてください」

指導者の強さは、すべてに即答することだけではありません。うまくいかなかったときに別の見方を持てること、必要なら自分の言葉を変えられること、専門外について「確認します」と言えることも、重要な専門性です。

経験豊かな先生ほど、多くの成功例とともに、多くの例外も見てきているはずです。その経験を「自分だけの答え」から「生徒に合わせて選べる引き出し」へ。指導経験が長いことは、学び直しの障害ではなく、むしろ大きな材料になり得ます。

伝統よりも優先すべき、安全・尊厳・権利があります。

「厳しい指導」「努力の継続」「舞台のための集中」といった言葉には、技術を高めるための意図が含まれることがあります。しかし、その目的があっても、生徒の身体や心、安全、権利を後回しにしてよいわけではありません。

指導者ができること

  • レッスン中の様子や動作、本人の言葉を丁寧に観察する
  • 課題・負荷・声かけ・練習順序を調整する
  • 触れる必要性を見直し、説明と同意を大切にする
  • 痛み・不安・拒否を安心して伝えられる関係を整える
  • 状況に応じて保護者・責任者と情報を共有する

教師だけで抱えないこと

  • 怪我・病気・痛みの原因についての診断
  • 月経、栄養、摂食に関する医学的な評価や治療
  • 心理・精神面の問題の診断や治療
  • 虐待や性暴力等が疑われる事案を一人で処理すること
  • 専門的な法的判断や、必要な相談先の代替をすること
安全上の懸念があるときは、「伝統だから」「自分も経験したから」で続けないこと。

その場の危険を避け、必要な記録・相談・関係者への連絡を行い、状況に適した専門窓口へつなぐことが重要です。身体接触や撮影・SNSについても、従来の慣習だけを基準にしないでください。

生徒が「なぜ?」と質問できること、「痛い」「怖い」「嫌だ」と伝えられることは、指導に反することではありません。指導の目的と、本人の権利や意思の尊重は両立させるべきものです。

「先生個人のやり方」から「教室の方針」へ。

「この先生だから安心」という信頼は大切です。同時に、その先生が不在でも、他の講師やアシスタントが基本的な方針を確認できることは、教室としての安全に結びつきます。

例えば、身体接触はいつ・どんな説明をして行うのか。生徒が痛みを訴えたとき、誰にどう相談するのか。撮影やSNSへの掲載に、どんな同意を求めるのか。苦情や不安を誰が受け取るのか。これらを個人の経験だけに任せず、共有できる手順へ変えていきます。

バレエ安全基準(BSS)は、尊厳、SNS・デジタル、心、身体、指導者の専門性、透明性という6つのカテゴリー・30項目を通じて、教室の安全性と透明性を点検するための指針です。

重要なのは、基準の項目を知ることだけでなく、「何のためにこの方針が必要なのか」を教室の中で説明し、状況に応じて見直せることです。

先生が相談できる環境も、安全の一部です。

長年使ってきた指導法を見直したいとき、生徒の身体や心について迷ったとき、その悩みを教師個人の勇気や努力だけに任せるべきではありません。

同僚や責任者に「別の見方はありますか」と聞けること。医療、心理、栄養、身体の専門家の視点を借りられること。答えを急いで断定せず、「確認します」「ここからは専門外です」と言えること。こうした環境が、より適切な判断を支えます。

BALLET SCHOOL SUPPORT(バレエスクールサポート)は、小規模なバレエ教室にも専門家とつながる環境を届け、先生が一人で悩みや判断を抱え込まないための教室支援サービスです。

※この支援サービスは、前章で紹介した「バレエ安全基準(BSS)」とは別の取り組みです。安全基準は方針・点検の指針、BALLET SCHOOL SUPPORTは相談・支援のためのサービスという役割があります。

経験を深め、指導を更新するために。

「なぜ、この方法を選ぶのか」「この生徒にも適切だろうか」と考え始めたときが、学び直しの入口です。指導技術を整理したいのか、身体の根拠を深めたいのか、安全と教室運営を横断して学びたいのかによって、学び方を選べます。

はじめてのバレエ指導コース

踊ってきた経験を、レッスンの組み立て方や言葉がけ、相手に合った伝え方へ変える入口となるコースです。

指導者のための解剖学コース

受け継いできた感覚的な言葉を、姿勢や関節、身体の動きと照らして確かめたい先生へ。

バレエ安全指導者資格® ベーシック講座

身体、心理、栄養、成長期への配慮、安全など、指導で迷ったときの判断材料を横断的に学びたい先生へ。

バレエ安全指導者養成スクール

専門家の視点を取り入れ、指導を考え直す力、相談・連携する力、教室の仕組みへ生かす力を深めたい先生へ。

自分の先生から受け取ったものを、これからの生徒にそのまま返す必要はありません。大切なものを残し、必要な部分を選び直す。その判断を支える知識と相談先を持つことが、指導者の学びにつながります。

「私はこう習った。」
だからこそ、次は自分で選んで伝える。

経験は捨てない。伝統を否定しない。けれども、それだけで決めない。

受け継いだ指導の目的を確かめ、目の前の生徒を見る。今の知識と照らし、方法を選び、結果を振り返る。そして必要なときには、別の教師や専門家の力も借りる。

同じ方法を守ることだけが、継承ではありません。大切な価値を、今を生きる生徒に届く形で渡すこと。その積み重ねが、次の時代のバレエ指導をつくっていきます。

編集・制作:バレエ安全指導者資格®/SAFE DANCE ASSOCIATION

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