第4回 できないことを、できるようにするだけが教育ではない | チェアバレエの講義より

できないことを、できるようにするだけが教育ではない|チェアバレエの講義内容より一部抜粋 第4回
チェアバレエの講義内容より一部抜粋|第4回

できないことを、できるようにするだけが
教育ではない

今ある身体から始まる、バレエの学びと喜び

本記事は、バレエ安全指導者資格®「メディカルシニアバレエコース」のチェアバレエ講義から、エクササイズの具体的な解説ではなく、バレエの文化や美学、教師の役割、指導への考え方について語られた内容の一部を抜粋し、読み物として再構成したものです。

できなかったことが、できるようになる。

それは、バレエを学ぶ大きな喜びの一つです。けれど、もし「できるようになること」だけが教育の目的だとしたら、身体の条件によって難しい動きがある人に、私たちは何を届けられるでしょうか。

今できることの中にも、まだ出会っていないバレエがある。

チェアバレエの講義を通して、上達の意味、身体の多様性、そしてバレエを学ぶ時間そのものの価値を考えます。

できるようになることは、
学ぶ喜びのすべてではない。

バレエのレッスンには、できなかったことができるようになる瞬間があります。足のポジションが分かるようになる。音楽に合わせて動けるようになる。前よりも自然に身体を使えるようになる。そんな変化は、本人にとっても先生にとっても、うれしいものです。

ただ、その喜びを大切にすることと、それだけを学びの成果にすることは別の話です。新しい動きを習得したかどうか、昨日より動作が大きくなったかどうか。もし、そうした変化だけを評価するなら、その日の体調や身体の条件によっては、何も達成できなかった時間のように見えてしまうかもしれません。

しかし同じ動きを繰り返している日にも、音楽の聴こえ方が変わったり、力の入り方に気づいたり、隣の人と一緒に踊る楽しさを感じたりすることがあります。以前からできる動きの中にも、新しい発見は生まれます。

学ぶことには、できることを増やす面と、すでにできることを深く知り、豊かに味わう面があるのではないでしょうか。

上達は、大切な喜びの一つ。
けれど、学ぶ時間の価値は、
上達だけでは測れない。

同じ動きでも、
同じ身体で踊っているわけではない。

私たちは、自分がバレエを習ってきたときの感覚を手がかりに、誰かに教えようとします。自分が何度も練習して身につけた方法には、経験に裏づけられた説得力があります。

一方で、自分が自然に行っている動きが、別の人にとっても自然だとは限りません。床に座ること、しゃがむこと、腕を頭の上へ運ぶこと、長時間立ち続けること。普段のレッスンでは当たり前に組み込まれている動作が、人によっては難しいことがあります。

年齢を重ねた人も、身体に不安を抱える人も、バレエを始めたばかりの人も、すでに長年踊ってきた人も、それぞれ違う経験と身体でそこにいます。大切なのは、その違いを一つの基準に近づけていくことだけではありません。

先生自身が動ける範囲を正解としてしまうと、生徒は「できない人」として見られやすくなります。しかし、違いがあると知ることは、そこから指導方法を考え始めるための手がかりになります。

「この動きができるか」だけでなく、
「この人は今、どのように動けるか」を見る。


その視点が、届けられるバレエの形を広げていきます。

動きの形を変えても、
残せるものがある。

椅子に座ると、立って踊るときと同じことはできません。移動の仕方も、使える身体の範囲も変わります。だからといって、立位の動きをどれだけ再現できるかだけで、チェアバレエの価値を測る必要はありません。

同じ音楽を聴いていても、その日の気持ちによって動きは変わることがあります。腕を少し動かすだけでも、音楽の始まりを待ち、動く時間を選び、最後まで大切に終えることができます。隣の人の動きに気づくことや、自分の呼吸と音楽の流れが重なることにも、踊る楽しさがあります。

バレエをバレエらしくしているものは、脚の高さや動きの数だけではありません。音楽との関係、所作の質、動作と動作をつなぐ意識、身体を通して何かを感じ、表そうとすること。そうした要素を見つめ直すと、形を変えても残せるものが見えてきます。

椅子に座ることは、バレエから何かを取り除くだけの変更ではないのです。何を大切に残したいのかを、先生自身が考えるきっかけにもなります。

形が変わっても、
音楽を感じ、身体で表す喜びは
そこにあり続ける。

「できた・できない」だけで、
その人の時間を決めない。

レッスンの中で何かができなかったとき、それをすぐに「足りないこと」として扱ってしまうと、生徒は周りの人と自分を比べ続けることになるかもしれません。もちろん、新しい動きに挑戦することを否定する必要はありません。挑戦する楽しさも、達成したときの喜びも、大切なものです。

ただ、誰もが同じ目標に向かわなくてもよいのではないでしょうか。今日は音楽を聴いて気持ちよく過ごしたい人がいる。昨日と変わらない動きを安心して続けたい人がいる。はじめての表現を試したい人がいる。そのどれにも、その人なりの意味があります。

指導者が大切にしたいのは、目の前の人が何を求めているかを知ろうとすることです。本人が望まない目標を押しつけず、同時に「この人には無理だろう」と可能性を先回りして決めつけないこと。どちらも、その人の選ぶ力を尊重するために必要です。

できることを増やす自由と、今できることを楽しむ自由。その両方がある場所にしたいと思います。

方法を変えることは、
バレエをあきらめることではない。

バレエの指導には、積み重ねてきた知識や技術があります。だからこそ、動き方を変えるときには、何を残し、何を別の方法に置き換えるかを丁寧に考える必要があります。

たとえば、立って行うことを前提とした動きでも、すべてをそのまま椅子の上で再現する必要はありません。その動きが音楽のどこを感じるためのものなのか、どのような身体感覚や表現につながるのかを考えてみる。目的が分かれば、別の形でその体験に近づく方法も探せます。

もちろん、安全の判断を「楽しさ」だけで置き換えることはできません。痛みや不調があるとき、無理に続けず、必要に応じて医療や専門職へ相談することも大切です。安全を確かめることは、表現を制限するためだけでなく、安心して参加できる選択肢をつくるためでもあります。

人を決められた形に合わせるのではなく、
その人に合った届け方を考える。


バレエの大切なものを守りながら、方法を選び直していく。そこにも教師の専門性があります。

先生が教える時間から、
一緒にバレエを経験する時間へ。

何かを教えるとき、教師は知っている人、生徒はまだ知らない人、という関係になりがちです。その構図が必要な場面もありますが、チェアバレエの時間には、それだけでは説明できない瞬間があります。

同じ音楽を聴き、それぞれの身体で動き、同じ空間を共有する。大きく動く人も、小さく動く人も、ひとつの音楽の時間をともに過ごしている。先生が一方的に成果を与えるのではなく、その場にいる人と一緒に生まれる体験です。

参加者が思いがけない表情を見せたり、音楽を聴いて自然に身体を動かしたりすることで、先生自身が新しい表現に気づくこともあるでしょう。教える側だけが豊かさを与えるのではなく、教わる側の存在によって先生も学んでいく。その関係には、バレエを文化として分かち合う喜びがあります。

何かができたと証明できなくても、その時間を一緒に過ごせてよかったと思えることがあります。そうした経験もまた、レッスンの大切な成果ではないでしょうか。

上達を目指す時間も、
ただ音楽と踊りを味わう時間も。
どちらも、バレエを学ぶ時間になる。

バレエに、人の可能性を
狭めない力を持たせたい。

バレエを長く続けてきた私たちには、見慣れた景色があります。決まった場所へ行き、決まった高さまで動き、少しずつ新しい技術を身につけていく。その世界で育まれてきた豊かな文化を、大切にしたいと思います。

同時に、その景色だけがバレエのすべてではないはずです。床に座れない人がいる。立ち続けることが難しい人がいる。昔はできた動きが、今は難しくなった人がいる。それでも、音楽を聴き、自分の身体で何かを表し、誰かと一緒にバレエを楽しみたいという思いは、変わらずそこにあるかもしれません。

その思いに対して、できない理由を探すところで終わらせず、どんな方法なら届けられるかを考えてみる。その人が今持っている力や感覚から、学びや喜びの入口を見つけていく。

チェアバレエは、そうした指導のあり方を考える一つの実践です。そして、この問いはシニア世代に限らず、子どもにも大人にも、さまざまな身体と経験を持つ人にもつながっています。

できないことを、できるようにするだけが教育ではありません。その人が今できることの中に、新しい発見や豊かな体験を育てることも、教育の大切な役割なのだと思います。

誰かがバレエに合わせられるかではなく、
バレエが、その人にとって
どんな喜びになれるかを考える。

バレエを届ける可能性を、
一緒に広げていきませんか。

チェアバレエの講義で大切にしているのは、椅子に座って行う動きを覚えることだけではありません。一人ひとりの身体や暮らしに目を向けながら、バレエが持つ音楽や文化の豊かさを、安全に届けていくことです。

この想いに共感してくださった方。
全国のさまざまな場所へ、
チェアバレエを広めていきたい方へ。

ぜひ、メディカルシニアバレエコースにご参加ください。

ともに学び、考え、工夫しながら、年齢や身体の状態によってバレエを諦めることなく、それぞれの人が自分らしい形でバレエに出会える機会を広げていけたらと思います。

バレエ安全指導者資格®
運営:Safe Dance Association(セーフダンスアソシエーション)
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