身体を動かすことを、
国はどう考えているのか。厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」から、バレエ指導者が学ぶ。
子どもの運動不足と運動のしすぎ、大人の運動習慣、高齢者の転倒予防、栄養や安全管理。厚生労働省が示す考え方には、バレエ・新体操をはじめとする身体を使う指導の現場にもつながる視点があります。
一人ひとりの身体に合わせて、
安全に動き続けられる環境を考えること。
厚生労働省の身体活動・運動の推進を紹介し、バレエ・新体操の指導者が学ぶための記事
国の健康づくりの方針を、バレエの先生にも知ってほしい。
厚生労働省は、「身体活動・運動の推進」というページで、健康づくりに役立つ運動の考え方や関連制度、資料を公開しています。
中心となる「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」は、2024年1月にまとめられました。医師、保健師、管理栄養士、健康運動指導士などの専門家や、政策・まちづくり、職場、医療・介護などで身体活動を支援する人々に向けた資料です。
本記事では、国が示す推奨内容を紹介したうえで、子どもから高齢者まで幅広い人々が通うバレエ教室や新体操教室で考えたいことを整理します。
運動の考え方
教室への義務
地域の役割
一律に同じ運動を求めるのではなく、
その人に合った身体活動を。
国が進める「健康日本21(第三次)」の中で、身体活動・運動の分野を支える資料としてガイドが示されています。
健康日本21(第三次)は、2024年度から始まった国民健康づくり運動です。健康寿命を延ばし、生活する環境によって生じる健康の差を小さくすることなどを目指しています。
身体活動・運動ガイド2023は、過去の基準を見直し、研究で明らかになってきたことを踏まえてまとめられました。
できることから始め、今より少しでも多く身体を動かす。
年齢、体力、健康状態、これまでの運動習慣は人によって異なります。ガイドにある数字は、すべての人が必ず達成しなければならない課題ではありません。
運動不足の人にとっては、わずかな活動の増加でも一歩です。一方、すでに多くの時間を練習に費やしている人に、さらに練習量を増やすことが正しいとは限りません。
名称は「ガイド2023」ですが、取りまとめは2024年1月です。このページ自体が2026年に新たな運動規制を設けたという意味ではありません。厚生労働省が現在公開している健康づくりの方針を紹介しています。
※上記の時間や歩数はガイドの目安の一部です。すべての年齢・健康状態の人に一律に適用する基準ではありません。子どもの60分はWHOガイドラインの参考値であることにも注意してください。
身体活動は、スポーツやレッスンだけを意味しません。
厚生労働省が使う「身体活動」とは、じっとしているときよりも多くのエネルギーを使う、身体の動き全体を指す言葉です。
生活の中での動き
歩く、階段を使う、掃除をする、買い物に出かけるなど。日常生活で行う動きも身体活動に含まれます。
運動として行う動き
体力の維持や向上などを目的に、計画的に行う運動です。ダンスやスポーツ、トレーニングなどが含まれます。
バレエや新体操も身体活動の一つです。ただし、同じ60分のレッスンでも、ゆっくり動く時間、説明を聞く時間、ジャンプを繰り返す時間では、身体への負担や運動の強さは異なります。
レッスン時間だけで運動量を決めつけないこと。学校や家庭での活動、ほかの習い事、休養の状況も、身体の負担を考える手がかりになります。
子どもには、運動不足と
運動のしすぎの両方への配慮が必要です。
国のガイドでは、身体を動かす時間が少ない子どもへの支援とともに、激しすぎる運動や使いすぎへの注意が示されています。
楽しく身体を動かせる機会を。
厚生労働省は、身体を動かす時間が少ない子どもに、何らかの身体活動を少しでも行うことを勧めています。遊び、移動、運動など、活動の形は一つではありません。
オーバーユース(使いすぎ)に注意する。
同じ部位への負担が繰り返されると、痛みや障害につながることがあります。激しすぎる運動や練習のしすぎには、別の配慮が必要です。
バレエでは、繰り返すジャンプ、片脚での動き、つま先や足首への負担が大きい練習があります。特に成長期には身体の発達に個人差があるため、練習量だけでなく、痛みや疲労、休養にも目を向けることが大切です。
「もっと練習をさせればよい」と考える前に、その子の活動量が足りないのか、すでに十分なのか、どんな負担がかかっているのかを区別する必要があります。
楽しく、安全に身体を動かし、回復できる環境です。
大人には、日々の生活の中で
無理なく動く習慣が大切です。
成人向けのガイドでは、歩行またはそれと同程度以上の身体活動を1日60分以上(約8,000歩以上に相当)行うことが推奨されています。
さらに、息が弾み汗をかく程度以上の運動を週60分以上、筋力トレーニングを週2〜3日行うことなども推奨されています。
ただし、これらは無理をして急に達成すべき数字ではありません。運動習慣がない人、久しぶりに身体を動かす人、持病のある人では、始め方を調整する必要があります。
初めての人にいきなり難しい動作を繰り返してもらうのではなく、動きの強さや量を少しずつ増やし、身体の状態を確かめながら取り組めることが大切です。
バレエを始めることが、日常生活の中に身体を動かす楽しみを増やすきっかけになる場合もあります。一方で、レッスンに参加しただけで国が示す身体活動量を必ず満たすとは限りません。
高齢者には、筋力だけでなく、
バランスや柔軟性も大切です。
健康づくりでは、一つの能力だけでなく、複数の動きを組み合わせることも重視されています。
高齢者向けのガイドでは、歩行またはそれと同程度以上の身体活動を1日40分以上(約6,000歩以上に相当)行うことが推奨されています。
加えて、有酸素運動、筋力トレーニング、バランス運動、柔軟運動など、複数の要素を含む運動を週3日以上行うことが勧められています。筋力トレーニングの目安は週2〜3日です。
筋力
立ち上がる、姿勢を保つなど、日々の動きを支える力。
バランス
身体の重心や向きをコントロールする力。
柔軟性
無理のない範囲で関節を動かすこと。
高齢者の場合、転倒や体調の変化にも注意が必要です。立った姿勢での動きが難しければ、椅子などを使って行う方法も考えられます。
椅子を使ったバレエには参加の方法を広げる可能性がありますが、座位での動きがガイドの示す歩行と同じ運動強度になるわけではありません。本人の身体状況と目的に応じて選ぶことが大切です。
持病がある場合、転倒の危険が高い場合、運動によって症状が変化する場合は、必要に応じて医師や理学療法士などの専門職と相談します。
身体を動かすことと、食べることは、
切り離して考えられません。
厚生労働省のガイドには、「身体活動とエネルギー・栄養素について」という参考資料があります。
運動によって消費するエネルギーが増えれば、身体の働きを保ち、回復するための食事も重要になります。たくさん動いているのに必要なエネルギーを十分に取れない状態が続けば、健康や運動能力に悪い影響が出る可能性があります。
これは、トップアスリートだけの問題ではありません。活動量が多い人や、食事を制限している人にも関係します。
疲れが続く、食べることに強い不安がある、体調が安定しないといった様子があれば、指導者が病名を判断するのではなく、本人や保護者と丁寧に向き合い、必要に応じて医師・管理栄養士などの専門家に相談することが大切です。
どれも健康に踊り続けるためにつながっています。
安全な運動は、始める前の確認から。
厚生労働省は、運動の種類や強さだけでなく、体調・環境・準備などへの注意も資料で示しています。
体調を確かめる。
発熱、痛み、強い疲労、めまい、息切れなど、いつもと違う様子がないかを確認します。
環境や水分補給を見る。
室温・湿度、水分補給、床や用具の安全、活動の強さなどに配慮します。
中止し、専門家につなぐ。
不調があるときに無理を続けず、状態に応じて運動をやめ、医療機関へ相談する判断を大切にします。
普段と違う状態に気づくこと。無理をさせないこと。運動を中止する判断を持つこと。そして、指導者だけで解決しようとせず、必要な専門家につなげることです。
生徒が痛みを伝えたとき、「少し我慢すれば踊れる」と考えないことも重要です。特に原因が分からない痛みや繰り返す不調については、練習を続ける判断を慎重に行います。
健康づくりを、個人の努力だけに任せない。
厚生労働省は、人々が自然と身体を動かしやすくなる環境の整備も重視しています。
「身体活動支援環境について」という資料では、運動を続けることを個人の努力だけで考えず、地域社会・職場・学校などの環境を整える必要があると示されています。
歩きやすい道路や公園、運動できる場所、参加できるプログラム、仲間や指導者など、身体を動かす機会には周囲の環境が関わっています。
身体を動かす場所がある。
公園、歩道、運動施設、子どもが集まる場所など。通いやすさや安全も大切な条件です。
参加できる活動と人がいる。
自治体や民間の運動プログラム、地域の仲間、運動指導者など、参加するきっかけを増やすことが重視されています。
身体を動かす機会の一つになり得ます。
子どもの放課後の居場所、大人が新しいことに挑戦できる場所、高齢者が外へ出かけ人とつながる場所。バレエ教室には、芸術を学ぶ場としての価値に加え、地域で身体を動かす機会を提供する可能性があります。
だからといって、すべての教室が健康事業を行わなければならないわけではありません。まずは地域の自治体や公共施設がどのような取り組みをしているのかを知り、協力できることを考えるのも一つの方法です。
「健康増進施設認定制度」は、
一般のバレエ教室への一律の義務ではありません。
厚生労働省の掲載ページには、ガイドと並んで「健康増進施設認定制度」の案内もあります。
これは、国民の健康づくりに適した一定の基準を満たす施設について、厚生労働大臣が認定する制度です。認定には、施設の種類に応じた設備や運営などの要件があります。
ただし、安全に運動できる場所を整えることや、適切な指導体制を考えることには、どの教室にも参考になる部分があります。
今日のレッスンから、何を見直せるでしょうか。
以下は厚生労働省が民間教室に義務づける項目ではなく、ガイドを参考にSDAが整理した振り返りのポイントです。
体調と痛みに目を向ける。
いつもより疲れていないか。痛みを隠していないか。小さな変化に気づける関係をつくる。
全員に同じ強さを求めない。
成長段階、体力、運動経験、持病の有無を踏まえて動きを選び、調整する。
使いすぎを防ぐ。
ジャンプやつま先への負担が続いていないか。練習だけでなく休養にも配慮する。
十分に食べられることを大切に。
体型だけを基準にしない。エネルギー不足や食事への不安に気づいたら専門家につなぐ。
安全に動ける場所を整える。
床、室温、湿度、水分補給、転倒しやすい場所を点検する。
誰もが参加しやすい方法を考える。
子ども、大人、高齢者など、地域でバレエに出会える方法を広い視野で考える。
先生自身に問いかけたい8つのこと。
- 運動が足りない人と、すでに多く運動している人を区別できているだろうか。
- 年齢や経験に関係なく、全員に同じ練習を求めていないだろうか。
- 生徒が痛みや疲労を言いやすい環境になっているだろうか。
- レッスン以外の活動や休養にも目を向けているだろうか。
- 成長期の食事や栄養を、体型だけで判断していないだろうか。
- 室温、水分補給、床など、安全な運動環境を確かめているだろうか。
- 医療や栄養の判断を、一人で抱え込んでいないだろうか。
- 地域の人が身体を動かせる機会として、教室ができることを考えているだろうか。
目の前の一人の状態を見て考える。
※この8項目はSDA独自の振り返りの問いです。厚生労働省の公式チェックリストや法令上の義務を表すものではありません。
バレエを教えることは、
身体を預かることでもあります。
バレエには、踊りの技術を学ぶ楽しさがあります。音楽とともに身体を動かす喜びがあります。そして、年齢を重ねても続けられる可能性があります。
一方で、身体を使う活動である以上、疲労、怪我、栄養不足、体調の変化とも無関係ではありません。
厚生労働省の今回の資料は、民間のバレエ教室に新たな指導資格や練習時間の規則を設けるものではありません。しかし、国がどのように運動と健康の関係を考え、運動しやすい環境を整えようとしているのかを知るための大切な資料です。
運動量を増やすことだけでなく、一人ひとりに合う方法を選ぶこと。運動のしすぎにも気を配ること。食事や休養を含めて考えること。必要に応じて専門家の助けを借りること。
技術を教えることと、健康に身体を動かし続けられる環境を整えること。その両方を大切にすることで、バレエ教室が地域に届けられる価値も広がっていくのではないでしょうか。
厚生労働省の公式資料はこちらから。
全体の考え方と年代別の推奨事項、参考情報、関連制度を分けて紹介します。
- 厚生労働省「身体活動・運動の推進」 今回の掲載ページ
- 「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」全文 基本資料
- 「成人版」推奨事項 成人
- 「こども版」推奨事項 子ども
- 「高齢者版」推奨事項 高齢者
- 「身体活動・運動を安全に行うためのポイント」 運動の安全
- 「身体活動とエネルギー・栄養素について」 栄養
- 「身体活動支援環境について」 地域の環境
- 「健康増進施設認定制度」 関連制度
本記事は厚生労働省の公表資料をもとに、バレエ・新体操をはじめとする審美系の芸術スポーツの指導者向けにSDAが整理した解説です。国が示す推奨内容と、民間教室で考えられる実践例を区別して紹介しています。厚生労働省によるバレエ指導の公式認定・指導基準を示すものではありません。個別の健康状態や運動の可否については、必要に応じて医療専門職にご相談ください。
技術とともに、安心して踊れる環境を。
国の取り組みを知ることも、自分の指導を広い視野で考える学びの一つです。バレエ安全指導者資格®では、身体・医療・心理・栄養などの知識を、指導現場の判断につなげる教育に取り組んでいます。
