哲学と美学から読み解く、バレエとバレエ指導
樋笠勝士先生よりメッセージ

樋笠 勝士先生
神田外語大学教授、上智大学教授、岡山県立大学教授を経て、現在 慶応大学言語文化研究所研究員、岡山県立大学特命研究員、朝日カルチャーセンター講師、日本大学大学院講師。
専門は美学芸術学及び哲学。著書は『フィクションの哲学』月曜社(2024年)等。
オンライン読書会も実施中(Twitter/X「美学哲学コロキウム」)。
1)今回の資格への思い
幼少期からバレエに囲まれた生活をおくっていましたが、理論研究の方へと進む一方で、バレエ制作や裏方には結構関わり、今は亡き小川亜矢子先生や関直人先生とは親しくさせていただきました。理論研究では哲学や美学の方へと進めていきましたが、他方で趣味としてバレエの舞台鑑賞を絶やさず、現代舞踊をも視野に入れてローザスやピナ・バウシュなどに強い関心をもち、その結果身体論や舞踊美学も研究しています。現在は、身体論や空間運動論などと交叉させながら空間感性論をテーマとする「光の美学」研究をしています。そのような経緯の下で、偶然「バレエ安全指導者資格」のことを知ることになりました。
日本では徒弟制度的な私的バレエ教育が盛んですが、因襲的な関係における教育は確かに濃密であり一定の効果はあるものの、公平性や客観性、学問性及び教養の点で問題があります。時代もバレエの公的教育態勢を求めていると思います。その教育内容も単なる訓練や修養ではなく、解剖学・生理学・医学に基づく知識、訓練の合理性や安全性の知識、舞踊史・舞踊思想、著作権その他の法制度の知識など、指導者は多角的で綜合的な内容を必要としていると思います。その一助となれば幸いです。
2)担当する講座の内容について
バレエ教育の視点の下で、哲学及び美学を講義します。哲学では、どのようなことでも原理的な問い(「Xとは何か What is X ?」)を発します。人間とは何か、なぜ皆幸福を求めるのか、人はなぜ怒るのか、など本質的な問いを主題とします。バレエ教育でも、「身体とは何か」「身体の運動にはどのような意味があるのか」「運動を教えるとはどういうことか」など多くの原理的な問いをたてられます。もちろん哲学史の知識は必要とはしません。可能な限り分かりやすく論じていきます。このような哲学的活動の一つに美学があります。美学の主題は「美」と「芸術」と「感性」です。バレエでは「美」が語られますが、しかし、何がどのような理由で美しいのでしょうか。そもそも「美」とは何なのでしょうか?「美」は「善」と何が異なるのでしょうか。他方、バレエは「芸術」とみなされていますが、そもそも「芸術」とは何なのでしょうか? 我々は芸術を、芸術ではないものからどのように区別するのでしょうか? さらにバレエにおいては様々に「感性・センス」が問われます。ダンサー自体の踊りのセンスもありますが、舞台美術や音楽のセンス、そして鑑賞側のセンス(これは批評に繋がります)もあります。このような西洋哲学史の中に豊かに展開されている思索を講義していきます。
3)参加される皆さんへ
バレエは身体運動の一つです。そこで問いが出てきます。「人はなぜ踊るのか」「踊りとは何か」。この「なぜ」や「~とは何か」は原理的な問いですので哲学の問いであると言えます。他方で、「踊り」は、「歩く」という身体運動と、何が同じで何が異なっているのかを問う必要も出てくるでしょう。さらには、原始人も江戸時代の町民も「歩き」「踊り」ますが、「踊り」に属している「バレエ」は西洋近代に始まる文化史的意味をもっています。さて、このような「問い」をめぐる思索の過程は、バレエのレッスンに明け暮れている人々にとってはおそらく非日常的なものでしょうし、そもそもこれらの問いは生きるために必要不可欠なものではありません。むしろ避けた方が上手く生きていけるでしょう。しかし、日々の生活の中で「何のために生きるのか」の問いは、哲学で公に問いを出さない限り、多くは誰もが自己の内面で密かに問うものではないでしょうか。それと同様に、身体運動、踊り、バレエへの問いも非日常的な場でなければ一人では考えようとはしないものです。問わなければ一生考えることはないでしょうし、考えることの意味も感じないまま生を終えてしまうでしょう。しかし敢えて問うこともできます。これによって人は自らの考え方を一層豊かにさせ確実に深めてゆくことができ、それが「教える」という知的な活動に直接的な影響を与えます。そして、問うことこそ哲学や美学の学びによって得られる知的な快楽となるのです。
バレエの指導現場で、私たちは日々「美しさ」や「感性」という言葉を当たり前のように使っています。しかし、生徒から「それらはそもそも何なのか」と問われたとき、あなたは指導者として明確に答えることができるでしょうか。
「そんなことは考えたこともない」という方も多いかもしれません。ですが、その「考える」こと自体が、私たちの指導や表現を支える見えない“土台”となるのです。
本講義では、少し敷居が高く感じられがちな「哲学」や「美学」という領域を、バレエに関わる皆さんとともに、やさしく紐解いていきます。
講義で向き合う「問い」と「自分の軸」
- 「踊る」と「歩く」は何が違うのか?
- 舞台の美しさはどこから生まれるのか?
- バレエはなぜ“芸術”とされているのか?
こうした感覚的には分かっていても言葉にしづらい問いに向き合うことが、指導における“自分の軸”を作り、生徒との関係や言葉に豊かな変化をもたらします。
「考えるバレエ人」と共に学ぶ
講師を務めるのは、哲学・美学・身体論などを専門に研究し、長年舞台にも関わってこられた樋笠先生です。
現代のバレエ教育には、解剖学などの身体的知識だけでなく、「なぜ教えるのか」「何を大切にするのか」という内なる問い、すなわち“哲学”が求められています。芸術家とはただ感じるだけでなく、見慣れたことを疑い、問い続ける人のこと。芸術家を育てたいなら、指導者自身もそうした姿勢を持つ必要があります。
「どこまでがバレエか」といった曖昧な問いに対し、自分の経験や狭い常識だけで判断せず、歴史や文化、他者の視点を取り入れることで枠が広がり、「指導するとはどういうことか」をより深く考えられるようになります。
指導者の成熟へとつながる一歩
本講義はプロフェッショナル講座の一環ですが、今回に限りどなたでもご参加いただけます。
哲学や美学は、すぐに役立つノウハウではないかもしれません。しかし、問いを持つ誠実さや考える楽しさは、必ずやあなた自身の内面を支える力となり、指導者としての成熟へとつながるはずです。「考えるなんて自分には関係ない」と思わずに、少しホッとするような新しい思索の時間を共に楽しみませんか。
セミナー詳細
開催日時
2025年8月14日(木)
10:00〜11:30
1)「教える」とは何か?
13:00〜14:30
2)「美学」について
受講資格
どなたさまでも
※プロフェッショナル講座修了生の方は無料
